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2011年06月07日(火) みみらくの再会
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私のサポートギタリストは、忠ちゃん。

おんなじ忠つながり、だからと言うわけではないですが、

吉川忠英さんと、共演した。

大分で、マーサの番組で、生放送で、

U-stream中継で、ネットで流しながら。

つい先日、子供と「魔女の宅急便」見ていたら、最後にユーミンの「やさしさに包まれたなら」が流れた。

確かこのイントロの印象的なギター、忠英さんだ。

何か、緊張して来た。

でも、救いは、初対面じゃなかったってこと。

「よろこびのうた」収録の「みみらく霊歌」

ギター、忠英さんです。

セッションが始まるずいぶん前からスタジオ入って下さって、1人でじっくり、音とフレーズを編み上げる姿が、印象深かった。

「このみみらくって言うのは、福江島に伝わる伝説がありましてね・・」と言いかけたら。

「え!?福江島?俺もうすぐ行くんだよ。チャゲのツアーで。」と、忠英さん。

偶然という名の、必然の出会い。余計なことだと思わずに、言ってみなきゃ出会えない。

「・・!!そうなんですか!?じゃあ、是非、高浜っていう浜に行かれて下さい。素晴らしいですよ。そこで、この曲仕上げたんです。」

そして忠英さんは、本当にその浜に行った。

http://www.r-higuchi.com/mssg/mssg.cgi?DATE=200512?MODE=MONTH
12月9日、写真参照。

そこで、砂浜に1人でじっと腰掛けて、海を見ておられたそうだ。

その島へ行けば、亡くなった自分の愛する人が、海の向こうに現れてくれる。

遣唐使の時代から伝わる、福江みみらく伝説。

実は、レコーディングの前に、忠英さんのお母様が、旅立たれたそうで、

その姿を、水平線の向こうに探しにいかれたのだろうか。

そんなこともあり一度セッションしただけの、この「みみらく霊歌」に、思い入れを強く持っていていただいた。

セッションは先ず、忠英さんの弾き語りから始まる。

自身のホーミーが随所にちりばめられた、「草原の音」。目を閉じて聴いていたら、完全にモンゴルの遊牧民になってしまった。

日本が、再び農業国として復活することを願って作られた、「豊かな農村」。目の前に東北の田園風景が広がった。

そして、みみらく霊歌が始まった。

瞬間瞬間に、表情を変える東シナ海の波頭のような、変幻自在なオープンチューニングのアルペジオ。そうかと思えば、揺るがぬ大地の静けさと力強さのような、野太いストローク。歌声が、自然に伸びてゆく。

その5分間、僕は、高浜にいた。ちーちゃんに会っていた。

音楽とは、自然を奏でるものなんだ。自然の一部になりきれた時、歌は、楽器の音は地球のバイブレーションとなるのだろう。

目の前で、マーサがまた・・・

ハンカチ出した。

また、しばらく僕が仕切んなきゃ。(笑)

忠英さん。ありがとうございました。

また是非。一緒に。

今日の一曲
たまのこもりうた 吉川忠英
http://www.nauta.jp/shopping/index.html


2011年06月20日(月) あなたはなくでしょう
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先週、東京へ行っていました。

メインの目的はレコーディングだったんですけど、他にも果たせていない目的を達するために。

東京住んでると、いつでもできるやって、後回しにし続ける悪い傾向が、一週間の期間限定だと、こまめに動く。

本当はこの人生も、貴重な期間限定のはずなのにね。

その一つが、内田麟太郎さんに会うことでした。

http://www.r-higuchi.com/mssg/mssg.cgi?DATE=201010?MODE=MONTH

立川の喫茶店でお会いしました。

初対面で、恥ずかしいもんで、一生懸命しゃべりました。

それを聞いて、ウチデノコズチ振るみたいに、言葉を掴まえては、色んな話をしていただきました。

この、ウチデノコズチ。ものを生み出す人は必ず持ってる。

内田さんも、楽しい立派なウチデノコズチを持っていらっしゃる1人でした。

失礼ですけど、魂に無邪気な少年を宿していらっしゃる方でした。

それで、ただ単純にお会いしたかったということもあったのですが。

別に目的がありまして。

去年いただいたお手紙の中に同封してあった一遍の詩。

「あなたはなくでしょう」

この詩にメロディーを付けたものを直接渡したかったんです。

詩のテーマは、決して軽いものではありませんで、どうアプローチしていいのかさんざん悩んだ末に出来上がった曲。

まだライブで歌う心構えが出来ていません。

いつかお届けしたいと思っています。

ただただ、悲しいだけの詩には、共感できませんが、内田さんの詩にはどうしようもない悲しみの後に、必ず救いがあるんです。

その「救い」こそが、内田さんが一番伝えたいことなんじゃないかと

そう思うんです。

この「あなたはなくでしょう」では、最後の5行が僕にとっての救いでした。

この5行があれば、メロディーが付けられると思いました。

その5行の光に向かって集約していけばいい、闇の中をすすんでいけばいい、

そう思えました。

読んでないから分けわかんないよね。

手紙以上に、賛否が分かれると思いますが。

僕にとっては新たな、「希望の歌」です。


今日の一曲
ぼくたちは 
パーテルペッカビこうしーん。http://foochan28.at.webry.info/
 

2011年06月27日(月) 水源音楽祭
 昨日、熊本の菊池にある、きくちふるさと水源交流館という、農村地帯の中学校跡地を修復して作られたNPO施設で、音楽祭イベントに出てきました。


http://www.suigen.org/page0125.html


職員の松崎君は、1/6の夢旅人のプロモーションビデオ撮影の時のカメラマンだった人。

いまは、朝の連続テレビ小説の舞台そっくりのこの水源村で、日々創意工夫の仕事をこなしている。

出演者は、地元の中学生ダンスチーム GROWACT, 中学生シンガーソングライター れーなさん、

私、そして、ひさしぶり〜


進藤久明君。


http://hisaakishindo.blog48.fc2.com/


10数年ぶりの再会。

東芝時代のEMI所属の先輩、現在熊本南阿蘇在住。

ついこの間、1600キロ走破の、東北支援の旅から帰ってきたばかり。詳しくはブログを。

その日、僕のサポートしてくれた、渕野コージーパウエルさんも、大分から大量のギターを積んで車で、東北の学校の軽音楽部へ、届けてきたばかり。

九州人も、遠く離れた東北へ赴いている。

渕野さんの話も、進藤君の話も、現地に立って、作業に携わって、避難所の人と触れ合ってなければ絶対に知り得ない、感じ得ない、であろう、具体的で、実際的で、生々しく、うそのない、ものばかりでした。

息の長い支援とは何か。思いやるということが日常化するというところまでぼくたちが行き着くには、どうすればいいのか。

進藤君は、自分も含めたそこに居合わせた出身地もバラバラな他人同士によって、瞬く間にフォーメーションが出来上がり、適材適所に、具体的な作業が始まってゆくのを目の当たりにして、日本人の以心伝心のDNAを強く感じたと言っていた。

そして、歌、が必要とされているとも。

こんな時に音楽どころじゃないだろう、と思いがちだけど。

こんな時こそ、音楽が必要なんだと。


大々的なものもいいけど、こじんまりと、そこにいる人に対して届けるような音楽が、必要とされている気がすると言っていた。


言葉一つ一つが、心に刺さった夜でした。


ありがとう。


今日の一曲
月のカルデラ 進藤久明   

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