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2010年11月06日(土)
明後日、8日。

月見ル君を想フ

という、いかした名前の原宿のハコで、

テイチク所属のアーティストで、

九州人の人たちによる

ライブがあります。

詳しくは

ホームページを参照してください。

もちろん、お客様は、

東北人だろうと、関西人だろうと、バルタン星人だろうと

大歓迎です。

朝花をはじめ、九州人ならではの、コラボがあります。

お楽しみに。

2010年11月07日(日) 想いが形になるということ
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熊本に長期滞在しました。

いま、空港なんですが

昨日、私がお世話になった熊本の予備校「壺渓塾」の八十周年記念式典がありまして、歌を届けて参りました。

6分の一をCMに使っていただいたり、過去二回教室でライブをやったりと、ご縁が多い学校でした。

楽しみだった、日本フィルのカルテットの4人の皆さんとも、意気投合し、最高に溶け合えた、手紙と朝花が産まれました。

東京での朝の音合わせで、ほとんど声が出ていなかったにもかかわらず、歌詞を聴いて涙を流しながらビオラを弾いていた中川さんを始めとした、

田村さん、大貫さん、久保さん 心のあったかい、カルテット。

ありがとうございました。また是非。

終わって、サイン会をやっていたら、一人の立派な紳士が現れた。

「樋口さん、覚えていらっしゃいますか。」

そう言われて、はたと顔をみつめる。

メガネの奥の瞳の輝きが、僕を17年前の壺渓塾の教室へ連れていった。

1993年、僕がデビューした年、地元の友達が熊本で樋口了一マラソンライブというものを企画してくれた。
早朝から夜まで、市内の様々な場所で、ゲリラ的にライブを敢行するというもの。

若かったからこそやれた企画だ。

その中に壺渓塾でのライブが入っていた。

余り寝ていない頭で、昼過ぎに到着し、案内されるまま懐かしい広い教室に案内された。

そこにぎっしり・・だったと思うけど。

集まってくれた受験生たち。

まだ、6分の1が産まれる前の時代の話。どうでしょうも始まっていない。

ライブが始まる時から気になっていた生徒がいた。

一番前のど真ん中。かぶり付きの位置でデンと座ったメガネの青年。

そこに座る事が当たり前なオーラが出ていた。

イジるには最適の浪人キャラ。

まさに、壺渓塾の主といった風貌。

「君、君はここ何年目?」
と、尋ねた。

「三年目です。」

場内爆笑。

やっぱり。睨んだ通り、名物学生だ。

しかし、その目線は、照れも、屈託もなく、真っ直ぐにこっちを向いていた。

ああ、この子には、はっきりとした、ぶれない夢があるんだなって直感した。

「じゃあ、今日は特別に君にプレゼントします。」

今なら間違いなく6分の1だと思うけど。

「TAKE A CHANCE」というできたての新曲を贈らせてもらった。

・・・とおぼろ気な記憶をたどる。

そして、17年後の今、目の前に立っているスーツ姿の上品な紳士がポケットから名刺を出し、僕に渡す。

「脳外科医」

という肩書きだった。

「医学部に入るのに、あれからもう一年かかりました。」

とにこやかに話す紳士。

壺渓塾の主は、あのときの夢を形にした。

その間の10数年を僕は知らない。

夢を描いて必死で努力していた瞬間のスナップと、今こうして医師となった彼の姿との間の隔たりが、なおさらくっきりと浮き彫りにしていた。

想いが形になるということのリアルさを。

僕にとってそれは、17年かかって撮ったフィルムを贅沢に大胆に編集して、造り上げた傑作映画のラストシーンだった。

カットされた膨大な彼の17年について、話に花が咲いたのは言うまでもない。

6年間の医学生時代、研修医を経て、勤務した、救急救命医時代の様々な体験、そして脳外科医としての今の仕事。

そこには、一人の人間の夢へ至る歴史があった。

「浪人中、樋口さんが来てくれてからの2年間は、樋口さんの歌に励まされました」

彼の歴史のワンシーンを僕のうたが彩れた事が光栄でならない。

嬉しい、本当にうれしい夜でした。

そして、夢は続いてゆく。
どこまでも、どこまでも。

今日の一曲 テイク ア チャンス 樋口了一

2010年11月18日(木) 栂池里の秋コンサート
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先月の22日になりますが、長野県の北アルプスの麓の小谷村の小学校で、里の秋コンサートというのに出て来ました。

たまに紹介する、私の九歳上の姉が嫁いだ先の栂池高原スキー場のある村です。

何年も前から、そこでコンサートやりたいねと話していたことがようやく実現しました。

せっかく行くので、午前中は、共働学舎という、自給自足のコミュニティでポストマンライブをやらせて頂きました。

大自然に囲まれた、ロフト風のスペースに生音の僕の歌と、忠ちゃんのギターが染み透っていきました。

大きなト音記号の形のパン、ありがとうございました。

そして、その夜、小谷小学校のホールで里の秋コンサートが始まりました。

客席には、姉、義兄、3人の姪っ子、

その他、懐かしい顔ぶれがちらりほらり。

故郷でもないのに、なんだろうか、この懐に抱かれるような安心感。

僕は、21才の時から、姉の嫁いだ宿でバイトをしていた。

北アルプスに抱かれた栂池高原スキー場は、19の頃から始まった僕の東京生活時代の故郷の様なものだったんだろう。

一曲目を歌い始めた時から学生時代からの様々な思い出が頭を駆け巡り始めた。
宿のバイトは、なかなかタフなものだった。

大阪体育大学の新体操部のバイト仲間との、面白おかしい思い出。

初めてスキー板を履いてナイタースキーに一人で行って吹雪の中ゲレンデの照明が全て消え、真っ暗闇の中途方にくれた体験。


音楽でメシを食ってくと親に宣言し、仕送りがとまり、姉と、義兄と一升瓶囲んでお前一体どうすんだと、夜中まで話し込んだ桜の花散る22の春。

そんな、様々なシーンを

歌を歌いながら呼び覚ましていた。

忙しさにかまけて、3人の姪にも、叔父さんらしいことを殆どしなかった。

僕にとっては、ささやかな恩返しのコンサートだった。

その日の夜、「宿にしざわ」で、親戚、スタッフ、お客さん入り乱れての打ち上げとなった。

業務連絡。かっきー、ありがとね。

前回の日記の外科医となった壺渓塾の彼と。

ここで、先行き不透明なまま、ミュージシャン目指して、玉ねぎ刻んでた学生時代の自分が重なる。

それから、四半世紀がすぎ、今日ここで曲がりなりにも、音楽をやる人間になった僕が、いる。

あのとき、身内の心配から、ミュージシャンになるって言った僕を、もっとよく考えてみなさい、と皆が諭してくれた。

考えて見れば当たり前だ。そんなのどう考えたって無謀だもの。

こっちは、中学2年からずっと変わらない夢だとしても、言われる方にしては、晴天の霹靂だ。心配して当たり前だ。

でも、そんな中、義理の兄だけは、「りょういちくん、やってみればいいと思うよ。」と、言ってくれた。
その言葉だけを拠り所にして来たわけではないけれど、当時、勇気付けてもらったことだけは確かだ。

この宿は、お客さんだけではなく、バイトもリピーターが多い。

バイト学生の時から何十年経っていても、いまだに皆が訪れる。

サービス業って、何よりもまず「人」だなぁって。

僕もそんな音楽を創りたい。

と思った夜でした。

今日の一曲 旅の宿

2010年11月21日(日) 埼玉北海道物産展
久々に、どうでしょうとコラボです。



●日時 2010年11月23日(火・祝) 13:00〜/15:30〜 *2回ステージ

●場所 熊谷市仲町74 「八木橋百貨店」8F カトレアホール

↓詳細はこちら

http://www.htb.co.jp/goods/oosaka_saitama/index.html


竹楽の興奮も覚めやらぬうちに、

久しぶりに、関東で大合唱しましょう!!


2010年11月30日(火)
mb_1130200525.jpg 240×427 29K先日、大分竹田の竹楽のお祭りに行って来ました。

今年で、6回目です。

宝音寺というお寺の門がいつものステージだったんですが、今年は本堂の前になりました。高くて見晴らしがいい。

その日の午前中に、竹田南高校へ77回目のポストマンライブをやりました。

全寮制の学校で、全校生徒が体育館に集まってくれました。

鴨打くんという生徒が、ピアノで参加したいという話。じゃあっていうんで、切手のないおくりもの を一緒にやることになり、話してみると、ジャズビアニストを目指していると。

一回聴けば音採れるというので、風の呼び声にも参加してもらった。

卒業したら、福岡の音楽専門学校いくんですって話をしていたら、なんとサポートの古澤くんが出た学校。
古澤くん自体が、ここのすぐとなりの竹田高校出身ということもあり、縁が深まりました。

この高校では、前もって手紙に関しての授業をやってくれていて、生徒たちも熱心に聴いてくれていた。

これまた古澤くんの恩師である国語の先生が語ってくれた、お父様との最後の別れ際の話は、この歌の世界そのものだった。

体育館の中に手紙のイントロが流れ始める。

父兄席で歌が始まってすぐ、速攻で泣いてる女性がいた。

徹子の部屋出たときの、黒柳さんなみの早さだ。この感情移入。

と思ってみてたら、あれ?
・・・副社?

北海道から、プライベートであゆみさんが来ていたのです。

聞くと、安田くんも熊本ロケで九州入りしてた。

竹田と目と鼻の先の阿蘇で撮影ということ。

いやいやいや久しぶりですね。

ニヤミス。

夜の宝音寺でのライブはそこまで寒くなかった。

日本各地から集まった方々。毎年すこしづつエスカレートする、どうでしょうパワー。

あのしめやかな祭りの闇に高らかに響き渡った


にせんにぃぃ

でした。

今日の一曲 犬のおまわりさん

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