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2010年06月22日(火) 母の後姿
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ツイッターで、つぶやいていましたが、先日、59回目のポストマンライブをやりに行って来ました。

志賀。滋賀の。長野のじゃなくて。

ややこしい。

琵琶湖のほとりにあるんですね。滋賀県志賀って言う場所が。

「ああ〜ひぐちさんひさしぶりですぅ。」

滋賀駅に迎えに来てくれたのは、「アミール君』。彼のこともツイッターでつぶやいたんですが、イラン人のお父さんと、日本人のお母さんの間に生まれた男性です。お母さんの実家がここ志賀で、この日は彼のリクエストでお母さんのお母さんと、お母さんと、彼の3世代への郵便配達でした。

アミール君は、日本国籍を取得しているんですが、仕事の都合で、今月いっぱいでイランに帰ることになり、帰る前におばあちゃんになにか祖母孝行したいということで実現しました。

彼とは、マーサの紹介で大分で知り合ったんですが、それというのも「手紙』を聴いた彼のお父さんが、歌詞にいたく感動してくれて、全文をペルシャ語に翻訳してくれたんですね。

マーサのラジオで、それを朗読してくれたんです。

意味はもちろんわからなかったんだけど、音韻の持つ、滑らかな優しい響きが、心地よく胸に入って来た。

それが縁で、志賀のポストマンへとつながったわけです。

突然決まった郵便配達だったので、忠ちゃんなしで、僕自身自分のギター抱えて、久しぶりの弾き語りです。

タクシーで斜面を登っていって着いたログハウスで出迎えていただいたおばあちゃん。

瞳が優しい、失礼かもしれませんがかわいらしいおばあちゃんでした。

しばらくして、お母さんが買い物からかえって来て、3世代が勢揃い。早速配達開始です。久しぶりのプライベートな、ご家庭での郵便配達です。

「ひぐちさんすいません、なるべく大きな声で歌って下さい。おばあちゃんが聞こえないもので。」

おっけい。わかった。マイク無いもんね。おばあちゃんは、大きい字で書かれた自筆の歌詞を用意してくれていて、
今どこ歌ってるか、となりに座ったお母さんが、時おり指さして教えてくれていた。

うごけうごけ.手よ動け。

なんとかうごいた。とまるなよ途中で。

ぎこちない低空飛行でしたが、なんとか8分の旅を乗り切ってくれた。

実は、アミール君とお母さんには2回目だったんです。

ひと月前の大分で。彼がやっている英会話教室のワンルームアパートで。その時はお父さんもいてくれました。

演奏の途中で、お父さんが、お母さんの手を静かにそっと握ったのがすごく印象的でした。

どんな気持ちで手を握ったのかOBSの北里君が聞いたら、「私は、妻を日本からイランへ連れて行った。住み慣れた故郷から、彼女の母親から、彼女を引き離した。そして、イランで言葉に尽くせないほどの苦労をかけた。そのことをずっと申し訳ないと思っていた。そんな気持ちで彼女の手を握りました。」と、答えてくれた。

こんな受けとめかたもあるんですね。手紙の。

アミール君の両親は、アメリカで出会ったそうだ。それからしばらくしてイランに渡った。

アミール君が生まれた次の日から、戦争が始まった。

イランイラク戦争。

彼は、8歳になるまでを、戦火の中で過ごした。

お母さんは平和なバブルが始まろうとする日本から、戦争前のイランへ赴いた。

「うちのお母さんは強い人です。」と、アミール君。

夜爆撃が始まると、「はい、地下室にかくれんぼだよー」と、二人の子供に恐怖を与えないように振舞い続けていたそう。そのせいで、アミール君も「綺麗な花火やってるよお母さん!!」って夜空を見上げてたそうだ。

私たちの上には、絶対に爆弾は落ちてこない。と、確信していたそうです。信じる心の強いお母さん。

「ライフイズビューティフル」そのままだ。

そうか、今目の前にいる3人、3世代は全員が戦争体験者なんだ。2つの戦争の。

この日は、大分で打ち解けていたせいもあって、ライブが終わってから長居してしまった。

おばあちゃんが、どっさりアルバムを出してくる。古い写真がたくさんあった。

ご両親の若かりし頃、おばあちゃんとおじいちゃん、目のくりっとしたかわいい幼いアミール君と妹さん。


お母さんは言った「私は結婚前、最初にイランに行った時、環境が違いすぎてとてもじゃないけどここには住めないと思った。それで、主人とは別れる決心をして、戻って来たんです。それでも、しばらくすると主人の顔が浮かんで来てどうしても会いたくなって来て。だめでした。」

ご主人も同じ気持ちだったそうです。

そこからお母さんの覚悟の人生がスタートした。

誰の人生にもこの「はらをくくる」瞬間てのがあるんじゃないだろうか。そこから本当の人生が始まるような、そんな覚悟の夜が。

文化も習慣も全く違う国での、結婚生活が始まった。

「僕の両親は、とにかく何でもとことん話し合って問題を解決していたので、小さい頃からそれを見ていた僕も妹も、すごくそれに影響を受けました。意見の違う同士が話し合うことの大切さを教えてもらいました。」

言わずもがな。が通じない。生活全てを言葉にして伝えて解決していかなければならない事だらけだった。

それは、もしかしたら子供にとって、最高の教育環境だったのではないだろうか?

いがみ合うのとは違う、お互いの心を知りたいが故の、真摯な話し合い。

その、底に流れているのは、互いに対する前向きな深い愛情だ。

そのせいか、アミール君と、お母さんの話はすごく面白かった。僕らが知らないイランという国の素顔がかいま見れた。

例えばバスに乗って、隣同士になった人と、話をしないってことがあり得ないんだって。そんで、隣の人が降りて、また新しい人が乗ってくると、「ねえ、聞いてよ、うちの息子がさあ。」と始まる。日本に来て一番びっくりしたのが、みんな黙って口もきかずにバスに乗ってる事だったって。

後、びっくりしたのが、人口の7割が30才以下なんだって。日本と正反対の若い国なんだ。

あとは、家族を何よりも大切にする、ということ。

「樋口さん是非、イランに手紙とどけにきて下さいよ。」と、アミール君。

アミール君の話を聞いていたら、本当に行きたくなってきた。

手紙が連れてきてくれた、国境を超えた縁。文化や習慣は違っても、一番基本の家族の絆に対する気持ちは変わらない。

国を越えて同じ言葉に感動できる事を知るよろこび。

ニュースでしか知らない、見知らぬ国に暖かい血が通う瞬間だ。

おばあちゃん、お母さん、それぞれの苦労と、よろこびがあり、それが、アミール君に引き継がれる。

こんなに誠実で、グローバルな視点をもてる息子さんに育てられたって、本当に苦労をしたかいがありましたねお母さん。

家族の歴史を肌で感じる事ができた、ポストマンライブでした。

アミール君。ありがとう!!

今日の一曲 Love of my life Queen

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