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2010年05月17日(月) さいこうしんきろく!!
実に1ヶ月以上日記を空けてしまいました。

各方面から、何でだ、どうした、どうなってんだ、と

いや、いつもながら理由がありませんすんません。

この大分での3日間、濃密な時間でした。

今熊本の実家の近くのスタバで書いてンですけど

この3日間で、ポストマンライブは58回に積み重なりました。

去年、「手紙」が世の中的に話題になり、ポストマンライブもメディアの取材が入り、僕らもかなりなペースでこなしていました。

今年に入り、世間的にも落ち着きを見せ、ペースも若干ゆるくなり、

モチベーションはどうなるんだろうか、と思ったのですが。

今回の一連の大分ポストマンで思いました。

ここからが本当の勝負だと

ただの勢いまかせの企画ではなく、最初の気持ちを保ったままで進んで行けるかどうかは、これからにかかっていると思わせてくれました。


3日間ずっと付き添ってくれた、マーサが言ってくれた。

「最初のころのポストマンライブに比べると、樋口くんのMCもふくめて、一歩踏み込んだものになってきてるよね。」

確かにそう感じる。

以前だったら伝えたくてもどう伝えていいのかわからなかったようなことを、何とか伝えて行けるようになった気がする。

人がこの世に生まれてそして、また去って行くということはどういうことなのか。

僕自身よりも、リアルにその現実に直面している世代の方々と対面することが多いポストマンライブ。

やっぱり、遠慮してた。僕の想像もつかないであろう恐怖、無力感、哀しみを前にして。僕に言えることはなにもないだろうと。

それが、少しずつ変われてきた。

この三日間はそれを実感できた。

つづく。

なるべく早く(笑)。

電池切れ。

今日の一曲 プリーズミスターポストマン

2010年05月19日(水) 裸の男
庄内養護学校。改め、大分県立由布支援学校。

去年、ポストマンライブで訪れた場所です。

文ちゃんこと本田先生、渡辺先生、始めとする先生方。


そしてもちろん、生徒のみんな。なつかしく元気良く迎えてくれました。

去年一緒に給食を食べた、文ちゃんのクラスの、ゲンさん、うちの居間に今も貼ってあるカラフルな歓迎ポスターを作ってくれた彼は、高等部に上がり、ちょっと大人っぽくなってて見違えた。

自分の感情を素直に表現するのが恥ずかしくなる16、17、の時代。覚えあるなあ俺も。

さあ、今回は、ポストマンライブではなく、音楽の授業の駒を使って、みんなで一緒に歌いましょうって企画でございました。

一曲目、ほのうた。

渡辺先生が、去年とおんなじように・・・なんて言うんだっけあれ、ボードの上で手動で瞬時に絵を切り替えて行くやつ、・・・

!!!パネルシアター!!!

歌いながら、手を忙しく動かして、「ほのうたの」世界を表現してゆく。

その細やかさと鮮やかさに、また、歌うの忘れて、生徒と一緒に見入っちゃいました。

2曲目 風の呼び声。 去年もやったし、みんな覚えててくれた。

「今、君にもう一度会えたなら何を話そう」この部分を大きな声で大合唱。

この歌詞を作ったときよりも、このフレーズで思い浮かべる人の数が、増えた。

思いが歌詞にメロディーに積み重なり、歌は深まってゆく。

歌は、様々な想いと出会うために作者を離れて旅をしていくんだなあ。



三曲目 「切手のないおくりもの」

生徒一人一人に歌詞カードが配られ、みんなで元気よく歌った。

一番前の真ん中にいたちっちゃくてまん丸の生徒が、アフリカのよろこびのダンスみたいな、16ビートの刻みの踊りを始めた。


すげえ。かっこいい。

みんな立ち上がり、ヴォルテージが上がる。こっちも歌に力がこもる。
結局最初から、最後まで心を裸にしてもらった。杉の子作業所とおなじように。


最後に、生徒のみんなが、歌をプレゼントしてくれた。


「君にあえてうれしい」

手話がすてきだった。ジェスチャーで意味を伝えるのって、すごく感情が伝わるね。「うれしい」って、てのひらを胸の前でばたばたするんだよ。

こんな手話のような、歌を歌いたいな。


「また来年も来ます」って、自然と口をついて出た。


また、裸になりたい。

なあんだ僕が来たいんだ。


ありがとう、みんな。


また来ます。

P.S 服にくっつく、大葉みたいな葉っぱをいっぱいくれた君!!ありがとう。全身くっつけた。

今日の一曲 NUDE MAN S.A.S


2010年05月20日(木) 風にそよぐケヤキのように
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そして、次の日向かったのがなでしこガーデン。

大分の中心部から車で30分ぐらい。

戸次という地名。「へつぎ」と読む。ナックスファンはピンと来た。そうシゲちゃんの名字戸次。
こっちは「とつぎ」と読むけど、元々「べっき」なんだよね???ああ、ややこしい。

とにかく、ここがシゲちゃんのルーツの場所らしい。そうなんですね。

曲がりくねった細い道を車で辿ってゆくと、斜面に立つ瀟酒な別荘風一軒家。

施設の佇まいではない。

階段を上って玄関につくと、大勢の方がもう座って待っていた。ここは、比較的重度の認知症の方々がいらっしゃる施設だそう。

控え室で準備をする。緊張した面持ちの若者が一人。

古澤タケシくん。

大分では、何かと一緒にやらしてもらってる、竹田のデュオ「一番搾り」の1人。

今回は、忠ちゃんの代わりに、彼に手伝ってもらうことになった。もうすぐ、大分を離れて東京に本格的に音楽活動をしにいくって言うこともあって。

心に深く響く歌を歌うやつです。

今回のポストマンライブ、ご夫婦で入所されている2人の方の熱望があったって言う話をマーサから聞いていた。

特に楽しみにされていたのが、奥さんの方だった。

それが、その日の10日前にその奥さんが他界された。

間に合わなかった。

会場に行くと、大勢の方々の中に、1人で目の前に座っていらっしゃるご主人の姿が見えた。

理屈じゃない。最近その場の空気が手に取るように体で感じるようになって来た。特にポストマンライブの時に。

何とも言えない温かな空気が漂っていた。ああ、歓迎してもらってるなあって肌で感じた。

いつものようにまず「ふるさと」みんなで歌う。

そしてこれまた、最近では定番になって来た九州でのライブ限定の熊本弁丸出しMC。

「風の呼び声」をやる前に、ベックさんの話をした。今日は特にしたいなと思った。それで、この曲を歌うときは、いつも近くで見守ってくれていて、一緒に歌ってくれているって話をしてて、ふと思った。

そうだ、俺はこんな話をするようなやつじゃなかった。人はこの世に生きている間がすべてだと思って生きて来た。だから、たとえ慰めででもたとえ話としてもこんな話はしなかったし、したくなかった。

今、気がつくと、普通のことのように、他界した人を懐かしむ話をしている。おいそれとは会えない外国に行ってしまった人のことを話すように。その人が今も元気でいることなんか、僕らが今生きていることと同じくらい当たり前のことのように。風にそよぐケヤキの葉っぱのように、あまりにもしぜんに。

そして、そういう気持ちになった時、どこからか「手紙」がやって来た。まるでそれが最後のパスワードだったみたいに。

準備された心に機会は訪れる。その準備を施してくれた「何か」にどれだけの感謝をすべきだろうか。

古澤君の鉄弦のぼくとつとしたタッチで手紙のイントロが聞こえて来た。

ああ、今日の歌は深まるな・・・という予感。

歌うのは僕1人じゃない。ここにいるみんなの想い、過去、現在、未来、全部で奏でる魂のシンフォニーだ。

それだけじゃない。そこにいるすべての人たちが思い浮かべる、いまも深い絆でつながっている、僕たちの肉眼には映じない多くの人たちの魂。


そうか、


間に合わなかったわけじゃないんだ。


目の前に座ったご主人は、ひとりぼっちになったわけじゃない。いつも傍らにいた奥さんが今も変わらずにずっと寄り添ってくれている。老いた肉体から解放されて元気な姿で。

「悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の 準備をしいている私に 祝福の祈りを捧げて欲しい」

この歌詞の意味する世界が、心に舞い降りて来た。体全体が大きなあったかいエネルギーに抱え込まれたような気がした。ああ、奥さんが聴いてくれているなあ・・・

ふと気がつくと歌が終わっていた。

森の中にひとしきり降り注いだ心地よい雨がやんだように。

「奥様が聴いていてくださいましたよ」自然に口をついて出た。

僕は、霊能なんかないし、身につけようとも思っていないけど、口をついて出た自分の言葉は噓じゃないと思った。

感じたことを表現するのが僕の仕事ならば、それをやらないことは、自分の仕事に対する不誠実になる。

なでしこガーデンの責任者の梅澤さんは、笑い皺のついた優しい瞳の中に苦労や喜びや哀しみ幸せをいっぺんに宿した、「深い」方だった。あれ、こんな目をした人昨日会ったな・・・

そうだ、由布支援学校の文ちゃんだ。  共通の輝きだった。

「僕らは家族のように思って過ごしてますけど、ほんとうの家族じゃないんです。そこの所の見極めを間違うと、入所されてる人のプライバシーに土足で踏み込むことになるんです。そのへんが一番気を使うところですね。」

優しい瞳で、空を眺めながらそう語られた。

ああ、自分に与えられた役割を誠実に果たしてるなあこの人は。と、思った。

見習わなきゃ。

ほんと。

マーサ?

もちろん。

大雨でした(笑)。

なでしこガーデンの皆さん、ありがとうございました!!


今日の一曲
雨は手のひらにいっぱいさ シュガーベイブ



2010年05月20日(木)
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この人、南アフリカの野生動物保護区の保護官。

相手は、野生の百獣の王。

ネコ科丸出し。

この他、ハイエナ、ヒョウ、雌ライオン、とも分け隔てなくハグしてます。

この人とは絶対わかり合えないと諦めている相手がいませんか?国、民族、宗教、人種。

彼を、見習おう.僕も。

2010年05月27日(木) 力石よ、おまえのくれたチャンピオンベルトだぜ・・・
そしてそしてなでしこガーデンさんの次の日に訪れたのが、ハーモニーの森でした。


またまたマーサさん青柳さんにお世話になって、車に分乗して伺いました。


古澤君も、自分の車で合流。昨日より落ち着いてるみたい。よかった。


ここは、重度の身体障害がある人達が利用されている場所だそうです。責任者の方から事前に話を伺った。真にその人の立場に立つということのむずかしさ、やりがいについて伺った。


普段はリハビリなんかに使われる広いスペースにステージがしつらえられている。

1人黙々とリハビリをされてる方がいた。まだ人は集まっていない。


しばし、発声と、準備に費やす。


心の置き所。こういう場所で手紙を届ける時、僕はどんな気持ちで臨むべきなんだろうか?


去年も、ずっと考えていたこと。そして答はでないまま。

僕は、この歌を「希望の歌」と呼んでいる。肉体が老いて、色んなことが昔のようにできなくなった「わたし」が、本当は少しも変わらずにそこにいて、こんなにも愛にあふれた機知に富んだメッセージを伝えてくれているんだよっていう、終わらない命の讃歌だと。

全てのことは100%ハッピーエンドだとも言ってきた。全ての出来事には、完全に納得できる理由があり、一見理不尽に思える事も、僕らが進歩していくための欠かせない糧なのだから、よろこびをもって受け入れよう、と。

このメッセージは、ここにいる人達に対して、果たして僕から発せられるべきものなのだろうか。同じ痛み苦しみを共有していない僕から。

この歌を、僕が歌う資格があるのか?と自問した、「手紙」を作り終えたばかりの怖じ気づく僕は、消えてはいない。こんな時にひょっこりと顔を出す。



僕の家の近くには川があり、歩行者専用の橋が架かっている。駅にいくにはその橋を渡るんだけど、時折朝、橋の真ん中で、ゴソゴソやってる男性がいる。スピーカーを目の前に置き、マイクをもつと、「エー皆さんお早うございます。」と、演説を始める。朝の通勤時に立ち止まる人は皆無だ。みんな目をあわせないようにそそくさと通り過ぎて行く。僕もその1人なんだけど、通り過ぎながらも、結構話は聞いている。

選挙のときも、そうじゃないときも、いつでも何も変わらず、彼は橋の真ん中でたった一人演説を続けている。相変わらず誰も立ち止まらない。彼にとっておそらく手応えは無いに等しいだろう。自分の話に納得してくれているのかどうかすらわからないだろう。それでも、続けている。

手紙の訳者角智織さんがやってるセントロの、月に一回のホームレスの人達の支援活動で、先月書いたシッコシャビエルのメッセージを配っている。その時におにぎりを受け取る列に並んでいる百数十人の人達に対して、角さんは、そのメッセージの解説をする。並んでいる人たちは、黙ってうつむいている。聞いているのかどうかもわからない。早く、おにぎりを受け取りたいと思っている人が大半かもしれない。でも、彼は情熱を込めて、希望を持って生きるようにと希望の消えかかった人達に対して叱咤激励する。

ずいぶん前だけど、ある時1人の人が駆け寄ってきて、きれいに閉じた冊子を見せた。

見ると、今まで配ってきたメッセージがきれいに綴じてファイルしてあった。「毎回毎回これが楽しみなんですよ」と、その人は言った。

もしも背を向けられたなら 伝える喜び歌おう

資格の問題じゃない。自分に、そのメッセージを伝えるだけの決意と覚悟と情熱があるのかどうか。問われているのはただ一点そこだ。

僕はそれを試されるのが怖くて、資格うんぬんの話にすり替えていた。

「資格」は、人から与えられるもの。他者から見ての評価だ。そこには常に、受け身の他力の心が見え隠れする。

と、矢吹丈が金竜飛と戦いながら改めて力石の偉大さに気がついて、弱気な自分を奮い立たせ「俺はこいつにだけは負けちゃいけねえんだ!!」と叫んだように、そう思った。

間に合っ句。


58回目のポストマンライブが始まった。

ずらっと並んだ車いすや、ベッドに利用者の人たちが並んで、その後ろを取り囲むようにスタッフ、家族の方が席を取っていた。

昨日はアカペラで歌った「ふるさと」古澤君が、一晩でギターをコピーしてくれて、彼の伴奏付きでみんなで歌った。

利用者の方の中には声が出せない人もいる。

声は出せなくても歌は歌える。言葉にならない祈りがあるように。みんなが歌ってくれているのがわかる。



風の呼び声をやり。古澤君のオリジナルを一曲披露してもらった。「ホーム」・・・タイトル違った?
なにしろ、故郷竹田への思いをさわやかなメロディーに乗せたいい曲だ。さわやかで、ハートフルな歌声が会場に響く。昨日、彼から東京に着いたと連絡があった。初めての東京暮らし、仕事を探し、夢を追い求める生活を始める。26の時、俺もバイトしてたな。前しか見るな。そうすれば後ろは輝く。



「僕たちは、永遠の道のりを歩く旅人です。僕らの命に終わりはありません。ここに生まれてきて、様々な経験を積み、また元いた世界へ戻ってゆきます。ここで僕らが体験することすべては僕らが進歩の糧を得るための大切なエピソードです。だから、どんなにつらい体験であっても、そこにはきちんとした理由があり、その体験の向こうには、間違いなく希望があります。この曲はそんな歌です。」

と、「手紙」の前に話をした。


資格はあるのかどうかわからない。でも、一番伝えたいことには間違いない。これが、ここにいる人全員に、心から伝えたいメッセージだった。

そして、どんなときでも、片時も離れず見守ってくれる存在がいて「つらいだろうけど、がんばんなさい」ってメッセージを送り続けてくれている。


小さくうなずいてくれる人がいた。


伝わった。きっと。


この2日間の「手紙」は、本当に思いのこもったものになったような気がした。僕の決意も新たになれた2日間だった。

最後に切手のない贈り物をいつものようにみんなで歌って。


車いすに座った女性が花束をくれた。

「ここにいるみんなは、私の家族です。」と、うれしそうに彼女は言った。

この場所にも、豊かな心の糧があった。

お裾分けをもらって帰ろう。

そして、次の場所で分かち合おう。

ハーモニーの森の皆さん、ありがとうございました!!

PS
橋の上の演説家は、その後、市議会議員になった。こないだ、幼稚園バスの集合場所にとことこってやってきて、「なんか、生活の上で困ってる事あったらなんでも言って下さい。是非聞かせて下さい。」と言うもので、とある奥さんが、「そこの交差点、止まれの標識守んない人が多くて危ないです。」って言ったら、「わかりました」って言って帰って行った。しばらく経ったある日、その交差点を偶然通りかかったら、「止まれ」が、太い破線で囲まれ、これでもかってぐらい派手な「止まれぇえええ!!!」になってた。演説も続いてる。

今日の一曲
明日に架ける橋 S&G 



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