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2009年03月02日(月) 誰も知らない泣ける歌
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という番組がございます。

実は、私事で申し訳ないのですが。

明日3月3日、出ます。

「手紙」〜親愛なる子供たちへ〜 を、取り上げていただきました。

なので、僕が出るっていうよりも、この曲が、全国ネットのテレビでオンエアーしてもらえるということです。

僕は、まあ付き添いの保護者みたいなもんです。

収録は、2月の頭に終えていました。

西田敏行さんと、上田さん。

クリームシチューの2人は、高校が同じこともあって、前から親近感がありました。

どんな内容になったかは、放送終わってから書きますね。

「ネタバレ」って言葉も最近覚えたことだし。

一生懸命歌ったってことだけは書いておきます。

もし良かったら見て下さい。

本番のスモークがマグネシウムじゃなくてよかった。

今日の一曲
もしもピアノが弾けたなら 


2009年03月04日(水) ありがとうございました
昨日のテレビのオンエアー見たって、各方面から連絡いただきました。さすが全国ネット、北から南から。

ありがとうございました。

滅多に出ないですからね。新橋の街頭でインタビュー受けたのが全国放送されちゃった会社帰りのお父さん状態になりました。久しく話してなかった友人とも話すことが出来たし。

この曲のパスの起点であるマーサからも。

この作者不明のポルトガル語のメールを訳した角さんからも。

姫だるま後藤さんからも、

嬉野さんからも。

電話やメールををいただいた。

この曲が「泣ける歌」なのかどうかは、正直僕には判断できない。

ただ、作者不明のこの言葉は、確実に僕らの心の中に静かに何かを残してゆくってことだけは言えると思う。

それが涙になるのか、笑顔になるのか、つらい気持ちになるのか、一人一人の心のスペクトルによって様々に映し出される。

「赦し」って言葉が浮かんだ。

何か大きなものに「赦される』安心感。

そして自分がされたように誰かを「赦す」幸福感。

僕がこの言葉によってみんなが最後にたどり着いてくれたらいいなと思うのは、ここかも知れない。

僕自身も含めて。

今日の一曲
赦しの花 森野朝顔 









2009年03月05日(木) ありふれた物語
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昨日の続きですけれど。

番組の内容を決めるに当たって、日本テレビさんと僕らとで何度か話し合いを持った。

あの「誰も知らない泣ける歌」という番組は、歌にまつわるエピソードを描くことで視る人の感情移入を誘う演出がなされる。

実は、僕らサイドと番組制作サイドで、多少意見が食い違っていた点があった。

僕らは、この曲の言葉が、外国の誰ともわからない人から角さんの元に届けられ、それが歌になり、CDになり、全国のラジオのDJさんたちの心を揺さぶり、それがリスナーの人たちの心に届いて広がっているという事実を、そのままエピソードとして描いて欲しかったんですけど、

制作サイドは、僕自身の、特に父との関係を、エピソードの中心に据えることを考えていた。

最初僕はそこが引っかかっていた。

自分の家族や、親のプライベートを公にすることに抵抗があったことがひとつと、

何より、僕自身のストーリーなんて面白くも何ともないと思ったからだ。

ミュージシャン志望の人間の辿る、ありがちなありふれたストーリーをこの曲のエピソードとして持ってくることで、聴く人のイメージを狭くしてしまわないかと思った。

結果的に、スタッフの熱意に押し切られる形で、僕と僕の父とのエピソードが中心になっちゃいましたが。制作スタッフの皆さんは番組にふさわしい熱い方ばかりでした。

プライベートな写真を見せることについては、「人様のこつじゃなかならよかたい。」と言う母と、「いいよ、べつに。変な写真使わないでよ。」と言う嫁の、B型コンビによるドライな即答で、A型の僕がとまどうほどにあっけなくクリアーした。

長いこと開いてなかったアルバムを開けて、僕が生まれた時からの父や家族との写真を改めて見た。

当たり前だけど、僕が小さい時は、父は若々しく、そして僕が成長するとともに父は少しずつ老いていく。

当たり前なことが当たり前じゃないメッセージを突きつけてくることがある。そこには僕と父の関係性の歴史があった。2つの人生の絡み合う息づかいみたいなものを感じた。

100%親に頼っていた幼少時代、少しずつ自立心が芽生え始めた少年期、親の価値観を相対視し始めた青年期、完全に決裂の20代、親の病気と衰えを目の当たりにしてやさしくなろうと決心した30代、自分が人の親になった時見えた景色の中にいた年老いた親の背中。

そしてそこから続いていくストーリー。

4歳の僕が、娘にそっくりなのだ。

と、思うと今度は10歳ぐらいの僕が、息子に似てる。遺伝子は50%確実に受け継がれている。

それで、今度はその小さい僕を抱きかかえた父が、今の僕と同じ表情を浮かべている。

その父の顔を見ながら、僕は父の心に自分の心を重ね合わせていた。

本番で歌っている間、それらの写真が時間軸にそって並べられて目の前のモニターに流れていた。

見れなかった。心のバランスを失う予感がして、ずっと目を閉じて歌った。

あぶなかった。西田さんより先に俺が泣いてどうする。

実は、カメリハの時、出演者の席にADさんとかスタッフの方々が座っているんですが。通してやったとき、皆さんが泣いてんのを見た。

それを見たとき、ああ、これで良かったんだなあと思った。

僕と父とのありふれた、どこにでもあるストーリーが、見てくれる人それぞれのストーリーを呼び覚ます呼び水になるんだ、と。

それは一見ありふれているけれど、それぞれが、世界にたったひとつしかないかけがえのない物語なんだと。

僕は、まだこの歌の言葉に追いつけていない。

「音楽は、それを創り出すミュージシャンよりも、常に高い所にある」これ、野崎さんに教えてもらったアイルランドの格言なんですけど

僕自身、年老いた親を遠く九州においたまま、東京で生活しているし、親孝行なんてこと、やったといえる自信がない。自分の親の人生の終盤に十分に付き添っているとは言えない。

でも、そんな僕がこの歌を歌うことにも、意味があると思っている。

僕と同じ思いのままの人がいるはずだし。変わろうとするきっかけになってくれるかも知れない。

そして僕も皆さんからたくさんいただくメールやお手紙の内容に心を耕されて、親のことについて考える時間が多くなりました。

心というものは不思議なものですね。どこにでも、どんなときにでも、だれとでも、つながれる。つながろうとさえ思えば。

本番終わって、西田さんや久本さんはじめ出演者の方と固い握手を交わし、控え室に帰ると、テイチク倉橋さん、大江さんの目は真っ赤。

この人たちに任せてよかった。

ひきつづき、がんばろう。

今日の一曲
愛燦々 美空ひばり

2009年03月08日(日) 牛丼完食生放送
おととい、TBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」という長寿番組に出させていただきました。

http://tbsradio.cocolog-nifty.com/yuyu/2009/03/post-93c8.html

大沢さんとは初対面でしたが、前もって、「手紙」を聴いていただいていたので、なんか最初から打ち解けた雰囲気で迎えていただきました。

下町育ちの江戸の気風を漂わせたチャキチャキっとしたなかに、気配りの細やかさを兼ね備えられた、とても魅力的な方でした。

なんと行っても一番感じ入ったのは大沢さんご本人による「手紙」の歌詞の朗読でした。

前日にわざわざ収録したものが、当日になって気に入らないからと、番組始まる前に何回か改めて録音し直されたそうです。

淡々と、しかし、寄り添うように。

この言葉の持つ「熱」との距離感が絶妙だ。

語尾にほのかに江戸弁が香る。

表現とは、まさしくこの距離感の置き方に尽きる気がする。もちろんそれを支える技術があっての話だけど。

勉強ですなあ.日々。

本番中、何度も何度も、この曲についてご自分の思いを語って下さった。

200万人の人が聴いてるんだって。

ずいぶん会ってない、20数年前の池袋のバイト時代の友達からメールが来た。

「枠さあ、7分しかないんだよ、でも、なんとかするから。全部かけるぞ。」と、8分22秒の「手紙」を、きっちり流して下さった。

「おい、牛丼食って帰んな。」と、ラジオショッピングの吉野家の牛丼が机に運ばれて来た。

生本番中で、遠慮していたら「いいんだ、気にすんな、食え。」と大沢さん。

基本的に出されたものは全部食べる主義。

ラジオなのに無言で、ものの2分で完食した。「おお、全部食ったか。」そんなゲストもあまりいないらしい。

親戚のおじさんちにお邪魔してる気分になった。おいしかったです、ありがとうございました。

そして、翌日、僕はこの番組の影響力の凄まじさを知ることになった。

今日の一曲
バケモノ青年 エレファントカシマシ

2009年03月09日(月) しょうなんしんじゅくらいんすとあらいぶふたつ
「昨日のラジオ聴かれて来たっていう方、手を挙げて」

会場を埋め尽くしたお客さんの8割からから手が挙がる。ほとんどが、僕より年上の方々。50、60、70代の。

大沢悠里さん、おそるべし。これほどまでの影響力だとは思いませんでした。

昨日おとといと、東京近郊の、埼玉県深谷市と、栃木県小山市で、インストアライブをやったところ、このような状況でした。

番組で、何度も何度も告知していただいたおかげで、皆さん集まってくれた。

どうもありがとうございました。

湘南新宿ラインっていうのに乗って行くんですね、二都市とも。

何か、名前からして湘南メインかと思いきや、こんなところまで乗り入れている。便利だなあ。

この世代の方々が、この曲を聴かれてどのような印象を持たれるのか、前から僕は気になっていた。

言ってみれば、この曲の主人公の年老いてゆく親の年齢に近い方々だ。

ライブが終わり、サイン会をやっている時に、多くの方から、ご自身の体験を聞くことができた。

今現在、親御さんの介護をされている方、数年前に、寝たきりだった親御さんをおくられた方。あまりやさしく出来なかったと、後悔していると、口にされた方。

様々な物語がそこにあった。

それに対して、深くうなずく以外に術のない僕がいた。

でも、ほっとしたというか、うれしかったのは、皆さん自分の状況がどうであれ、この曲の言葉で、元気になったと言っていただいたことです。

この世代の方の多くが、言葉の後ろにある「愛」を感じて下さった。

そして、年齢に関係なく、この曲で思い浮かべられるのが、ご自分の親のことだっていうこと。

もうすぐ自分もこんな立場になるんだなあと、この曲の語り手に感情移入して感慨に耽るのではなく、常に行為する立場から、息子として、娘としてこの曲を受け取る方が多かったていうことも、新たな発見でした。

与えられる方ではなくて、与える方に、支えられる方ではなくて、支える方に。

逆に、年齢を重ねて行けば行くほど、もしかしたらそうなのかも知れない。

もう今は目の前にいない親への後悔を語られた方にも、その悔いる気持ちが、ちゃんと親御さんの元に届いてるってこと、その気持ちをしっかり分かってくれているってことを知って欲しい。

いなくなってはいないのだから。しっかりと続いているのだから。

そういう時のために、祈りがあるのだと思う。

後悔ではなくて、前向きな気持ちを伝えていただきたい。と心から思います。

「7人いるんですよ、子供が、一人一人に聴かせます。」と言う、60代ぐらいのご夫婦がいた。

たくましく、やさしい、懐の深い表情が印象的でした。

僕もあんな顔になれるだろうか。

なりたいな。

今日の一曲
オブラディ オブラダ













2009年03月12日(木) 大阪
明日から大阪へ行って来ます。

三回目のポストマンライブ、大阪でやります。

インストアイベントも同時に行います。

来られる方々、お待ちしております。

ポストマンライブの依頼が、増えて参りました。ありがたいです。

担当スタッフと僕も、全てに目を通しています。

なかなか、迅速に対応できなくてごめんなさい。

そしてまた、いつものように、いってきます。

今日の一曲
No reply Beatles



2009年03月17日(火) 大阪から大分へ
大阪からかえって来たと思ったら、タッチ&ゴー で、大分です。

大阪の3日間は、実りの多いものでした。

感情を隠さない街の人々の、あたたかい涙の海にたゆたってきました。

雨の後は清々しいマイナスイオンが発生しますが、サイン会の会場は、まさにそんな感じでした。

胸の中にしまっているものを、静かに呼び覚ましてくれる言葉。

世界のどこかにいる誰かが紡いだこの言葉は、なかなか心の内を明かさない日本人に届けられた、心の鍵を開けるプレゼントのような気がしてなりません。

多くの方が語って下さるそれぞれの物語をきちんと受け止め、そしてまた、その度新しい気持ちでこの歌を歌って行きたいと思います。

第3回ポストマンライブに関しては、改めて書きます。

そして、この曲にとっての揺籃期を過ごした大分へ月に一回帰ることで、その成長の度合いが、柱につけた傷のように実感として感じられるのがうれしいです。

育ての親マーサの元へ

皆さん待っててね。

今日の一曲
せいくらべ

2009年03月20日(金) 群馬、名古屋
だんだんと、行く土地の報告だけになりつつあるこの日記。

明日は、群馬で、あさっては名古屋で、届けて来ます。

そうそう、校歌を作りました。

小学校の校歌です。

後日詳しく。

っていうのが、溜まってること知ってます。

明日、来られる方、よろしくお願いします。

今日の一曲
焼きまんじゅうの恋  宇井 ロウイチ





2009年03月22日(日) 群馬名古屋
3月20、21と、前橋、名古屋のイベントに参加してくれた方々どうもありがとうございました。

いずれも、多くの人に「手紙」を聴いてもらうことができました。

名古屋、CBCさんのイベントは、レインブック、秋川雅史さんという、国立音大声楽科コンビに挟まれて、立教大学軽音学部シャウト科の私は、非常に学ぶものの多いイベントとなりました。

特にレインブックのVoの山本さんには、どないしたら朝っぱらからそんなに高い声が伸びやかに出るのかと矢継ぎ早に質問攻めに遭わせてすいませんでした。

3年前、初めて角さんのスピリティズムのホームレス支援に参加した時、公園に向かう車の中で、「へえ、樋口さん音楽やってらっしゃるんですか。じゃあ、是非スピリティズムの観点から、「千の風になって」みたいな曲作りましょうよ。」なんて、半分冗談みたいに角さんにいわれたことを思い出した。

「いいですねえ」なんてこっちも、気楽に応えていたら、本当に「手紙」という曲を作ることになった。

そしてそれが、秋川雅史さんと同じテイチクのタクミノートからリリースされることになった。

それが単なる偶然って考えるのは、いまの僕にとってはむずかしい。

導かれていないわけがない。そもそもの僕らの冗談話の会話からして。

CBCホールに響き渡る秋川さんの「千の風になって」をききながら、そんなことを考えた。

他界した人が、一人称になって、残された人に語りかけると言う、逆転の発想は、命というものの永続性を、違和感無く聴く人の心に優しく訴えかける。

この曲が、命についての歌が市民権を得るひとつの突破口になったのは確かなことだ。

どんどん増えて欲しいと思う。前向きな生命讃歌が。

目に見えない世界を信じていようといまいと、歌には、そのような人間的な思想信条を超えて飛翔してゆく力がある。

その力を信じるが故、僕も、「手紙」を、届けることに情熱を注ぐことができる。

神はその人が背負いきれない重荷を背負わせることは絶対にないという。

背負いきれるはずだと信じて未来へ行きましょう。

その日の午後、第4回ポストマンライブイン「ラディッシュ」を敢行した。

そこに、生命力の塊のような人が待っていた。

つづく。

今日の一曲
千の風になって

2009年03月26日(木) ラディッシュ
と言う単語に反応する方、多いと思う。

水曜どうでしょうの生みの親藤村ディレクターのお母さんが経営する、喫茶レストラン。

CBCさんの「グリーンライブ」と言うイベントの後、行って参りました。

その模様は、ここに、素晴らしい描写で、書かれていますので参照して下さい.過去のポストマンライブもしかり。
http://ameblo.jp/higuchipostman/

あの場所が、すっかりライブハウスと化した。

遠く札幌から、竹田市から(姫だるま後藤さんです)、色んなところから集まってくれたお客さんがた、ほんとうにありがとう。

大分で、「手紙」の歌詞を朗読していて、爆笑した息子。

そのまま読んでたら泣きそうだったからカモフラージュしたと言っていた息子。

そしてラディッシュで、その息子の母の目に光る涙を僕は見た。

言葉にならない、母と子の物語がそこにあるんだろうな。

1/6を歌ってるとき、「立ちなさい」と、耳元でささやかれた。

爆笑しながら、冷静なディレクションをする息子の遺伝子の、大元を感じた瞬間だった。

こっちにはマイクも何にもない。

立とうが座ろうがおかまいなしだ。

お母さんに踊らされるがままに立ち上がって、お客さんと大合唱した。

この場所での1/6の大合唱は、数年前の真駒内競技場のどうでしょう祭りに匹敵するものがあった。

自分の声がかき消されるのが心地いい。

「手紙」という曲で、気持ちがひとつになっての1/6は、伸びやかに、ラディッシュの中に響き渡った。

手紙〜親愛なる子供たちへ〜、1/6の夢旅人2002、

一生歌うべき曲が増えて行くっていうのは、唄うたいにとってこの上ない幸せなことです。

おかあさん、またきますね。

今日の一曲
案山子 さだまさし




2009年03月28日(土) 第一杉の子作業所
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という所で、第6回ポストマンライブをやって来ました。

http://ameblo.jp/higuchipostman/

ここで、いつも僕より先回りして、素晴らしいレポートを展開してくれてます。

1回目のポストマンライブが、第5杉の子作業所という場所だった。

今日は、全ての作業所の方達が一堂に会していらっしゃる所にお邪魔しました。

今日で二回目になるこの作業所のライブで、僕らはこの手紙を届けに行くのが目的なんだけど、確実に届けた以上のものをもらって帰っていると確信できた。

普段、ステージの上にいる僕らの最初の役目は、かっこ付けることをやめて自らの心を開いて、さらけだすことで、それによって徐々にお客さんの心も開いて行ってもらえるような所があると思うんですけど、

ここではいつも逆なんです。

聴いてくれる皆さんの飾らない裸の感情が先ず僕らの心に飛び込んで来る。

それで僕らの方が、解きほぐされ、いい気持ちにさせてもらえる。

心を開くっていうことの意味を体感させてくれる。

歌を歌えることがうれしくて仕方がない。感謝でいっぱいになる。そしてこの気持ちを持ち帰り、誰かに届けたくなる。

ポストマンライブ日記の宣伝マンKさんも書いてましたが、「受け継ぐ」ことって、他の誰かから受けた目に見えない贈り物への深い感謝がその原動力になってると思う。

「ありがとう」の気持ちが、誰かに何かを伝えるためのエネルギーになる。

究極の永久機関だ。どこまでも行ける。

1/6もさることながら、みんなで歌った「春が来た」と「ふるさと」。

歌詞が、今までになかったぐらい、心に染み通った。


こころざしを 果たして

いつの日にか 帰らん

山は青き ふるさと

水は清き ふるさと


いつの日か、帰ってゆく、僕ら全ての存在にとっての、ふるさと。

ここに生まれてくる前に、誓ったこころざしを、それぞれが果たして帰ってゆく

命のふるさと。

光に満ちたふるさと。


がんばろう。

作業所のみなさんありがとうございました。

今日の一曲
よろこびのうた 樋口了一


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