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2008年12月07日(日) ひきつづき
ポストマンの日々が続いております。

このあいだ、FM世田谷さんという、コミュニティーFMに生で出させていただきました。

打ち合わせも何もなく、完全ぶっつけで入ったスタジオ。そこで初めてお会いした、DJのひのきしんじさんと宮永明子さん。

ひのきさんは、音楽ディレクターとして、大きなお仕事を数多く成されてきた方。

初対面で、すぐ放送となった。

放送が始まって、すぐ「手紙」をフルオンエアーしていただいた。

オンエアー中、皆押し黙って聴いていた。

曲明けで、ひのきさんが声を詰まらせた。

このような場面にこの一ヶ月間数多く遭遇してきた。でも、僕よりも一回り以上年上の方の、それも大先輩の突然の涙に、ありがたいというか、若造がこんな曲歌ってもうしわけないというか、何ともいえない気持ちになった。

「樋口さん、順送りって言葉があるでしょう。」とひのきさんにいわれた。

親にしてもらったことを、親に返すのではなくて、そのまま自分の子どもに返してゆく、そしてその子どももまた次の世代に、愛を注いでゆく。

僕も昔母親に言われたことがある。

「親孝行はせんでよか。自分が恩を受けたと思うなら、それを自分の子どもにしてあげなさい。」

これ、世の親の本当の気持ちだと思う。

一見すると、この「手紙」〜親愛なる子どもたちへ〜の主人公の親は、この「順送り」とは反対のことを言っているように見える。

あなたが幼いとき、私が面倒を見てあげたのだから、今度は私の面倒を見て欲しい。と。

この言葉に曲を付けるとき、最後まで気になっていたことでもあった。そういう風に受け取られる可能性もあるなと。ギブ&テイクの歌に。

そして、そのことにつては今も考えている最中です。一見するとそんな風な押し付けがましいように聞こえてもおかしくないこの言葉が、なぜこんなにも心を救ってくれるのか。

僕はこの曲を歌っているとき、自分の肩書きがくるくる変わる。

年老いた親が自分が肉体的に衰えていく姿を淡々と語る所では、僕は息子になっている。頭には親父の顔が浮かんでいる。

そして、主人公が、自分の子どもが幼いときの様々な懐かしい思い出を語るとき、僕は父親になっている。頭には、子どもとの、どちらかと言えば大変だった時のことが、温かく思い浮かぶ。そして、自分の親もきっと自分が幼いときに、同じように日々迷いながら、いやになったりしながらも最善を尽くして自分を育てたのだろうなと、心を巡らせる。

僕はこの曲を歌うとき、息子である自分と父親である自分の両方をいっぺんに体験している。そしてそれぞれの立場で、自分の親と子どもの心にも深く共感している。シンパシーの奔流に時間の感覚を失うっていうのか、全てが永遠の現在になるって言うのか。ああ言葉が、たりない。

ここら辺にこの曲の言葉の奥深さのヒントがあるような気がするんです。

決して、単純なギブ&テイクの歌などではない。ひのきさんがおっしゃった「順送り」っていうことだけでもない、なんか、もっと、すごく、大きな、深い、大事なものについての歌だなって。

愛って言葉が横行してますけど、僕もよく使いますけど、正直言ってよく分かってない。きっと完全に理解出来る時は永遠に来ない気もする。でも、自分の今いる地点でできる限りの気持ちを込めて使おうとは思ってる。

僕は愛って言うのは、次元が高くなればなるほど、方向ってものを持たなくなるんじゃないかっておもうんですよ。

誰かから誰かに対しての特別の愛情って言うのも、もちろん尊い。

でも、最終的にはそれは、360度の全方向に向かって放たれるもんじゃないかって。

さっきも書いたように、この曲を歌っていて、自分の肩書きがめまぐるしく変わることで、この愛情って言うものの差し向けるべき方向が分からなくなるんですよね。もちろんいい意味で。

子どもに愛情を注ぐって言うことは、親を同じだけ愛するって言うことに、どうしたってなっちゃうんですよね。逆もまた真なりでね。

神っていう言葉をあえて使わせていただくなら、この曲の言葉を親の姿を借りて言っているのは、神だと僕は思うんですよ。引かないでね。

そして、いずれ、僕らがたどり着く、全ての存在に対する愛っていうものの予行演習を呼びかけてくれているんじゃないかってね。初級編って言うのかね。

と、書いてきましたが、全然駄目でした。敗北です。おもっていることの10%も伝えきれません。

あ、そうか、

だから歌うのか。

今日の一曲
Sing カーペンターズ





2008年12月14日(日) 昨日府中、今日川崎厚木
と、インストアでございました。

府中は、もう5回目ぐらいで、恒例行事となっていまして、椅子が崩落したり、ギターの電池が切れたりと、毎回何かしらハプニングが起こるのですが、今年は起きないなあと思って油断していたら、最後の最後で、1/6のBメロの歌詞が真っ白になって飛んだ。思い出すのにしばらくかかった。で、やりなおした。

歌の歌詞って、なんか頭の特別なところにファイルしてある気がする。

油断、恐れ、不安、このような、ネガティブな感情に、すごく敏感に反応して、消えちゃう。フッと。

受容、融和、和やかさ、こんな気持ちでいれれば、まず歌詞は飛ばない。不思議だ。

これはそのまま、普段の生き方にも当てはまるよなあ。

昨日、今日と、「手紙」を二回ずつやった。

この曲を2回やると、へとへとになる。

体力的にというよりも、なんか・・・別のところが消耗される。

へとへとになったその時、僕の体を支えてくれるのは、聴いてくれているお客さんの心だ。

キーンとなって、グググッとなって、ズーンと来て、サーッとなれる。

それで、フワーッと終われる。いや、まじで。

小林秀雄は、「魂が移る」と表現した。

まさにそんな感じです。一緒に歌を作ってる感じ。そんな気持ちでいれれば、歌詞も大丈夫。

今回手伝ってくれた方々、どうもありがとうございました。

また、一緒に、歌を作り上げましょう。

今日の一曲
With a little help from my friends Beatles




2008年12月25日(木) 聖なる夜に
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クリスチャンでもないのにって、昔は思っていました。きよしこの夜。

イエスが本当にこの日にこの地上に産まれたかどうかは、定かではない。

いまの僕には、そんなことどうでもいい。この地上に愛をもたらしに来た人の誕生を祝福する「思い」がいまここに実在すれば。

霊的な世界を受け入れてよかったことの一つは、サンタクロースを子供時代以来また再び信じられるようになったってこと。親が本気で信じてると、子供に対して説得力ありますよ。

コカコーラのCMのおかげで、真っ赤な衣装が定着してしまった白ひげのおじいさんが空飛ぶそりに乗ってやってくる姿を、思い描いているわけではないです。

でも、僕ら一人一人のことを常に気に留め、見守り、良きインスピレーションという名のプレゼントをいつでも私たちに届けてくれる存在。

守護霊。指導霊。

この世を去ったけれど、絆は変わらずにある近しい人たち。

様々な形で、何か人のために役立とうとする僕らの行動を支え、手助けしてくれる善霊たち。

これらすべての霊の働きかけが、僕らにとっての「サンタクロース」に他ならない。

もちろん、サンタのモデルになったと言われている、セント・ニコラスも、今も神の道具として様々な活動をされていることでしょう。

そういうことをさ、何の前提条件も無く、比喩的にでも無く、心の真ん中で信じることができるっていうのは、本当に幸せなことなんですよねえ。様々な導きにホント感謝しています。

「手紙」の歌詞に出会わせてくれた角さんの、スピリティズムのホームレス支援の活動が、先月で180回目を迎えた。足掛け16年。僕がデビューした年からだ。

今月は、28日。毎年最後の回には、古着、食料配りの他にいつもと違ったことをやります。

僕ができることといったら、歌うたうことぐらいです。去年もやりました。

寒空のしたで、凍えるつらい状況にある人にとっては、歌どころじゃないよっていうのが正直な気持ちかも知れません。

でも、空気を読まずにあつかましくやりたいと思います。

たった1人でも、元気づけられる人がいるかもしれないっておもってね。

押し売りサンタでもいいからね。

一緒に歌おうじゃねえかって方来て下さい。「上を向いて歩こう」替え歌でいきます。

http://www.spiritism.jp/jpn/jpnovo.html
P.Sこの日28日出発前に、千葉のスピリティズムのセントロで、13時30分ぐらいから「手紙」を歌います。誰でも自由に入れますので、お近くの方は、どうぞお越し下さい。

今日の一曲
僕が一番好きなクリスマスソングです。歌詞が・・・もうだめです。
千年紀末に降る雪は キリンジ






2008年12月27日(土) 歌い納め
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本日、ライブという形での歌い納めを、川崎ラゾーナで行いました。

来ていただいた方々、どうもありがとうございました。

冬の雲ひとつない青空の中、寒さに耐えながら、「手紙』を、「1/6」を聴いてくれた皆さん、感謝いたします。みんなの熱いエネルギーのおかげで僕はシャツ一枚でも全然寒くありませんでした。


今年一年。お客さんに支えてもらいました。

テイチク倉橋さんのアイデアで、めずらしく、写真なんぞを撮ったので、アップします。

皆さんの元にたくさんの光がもたらされますように。

愛と平和。

いえい。

今日の一曲
LOVE&PEACE TOKIO

2008年12月29日(月) 人生のレシピ
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12/25の日記で告知した、スピリティズムのセントロでの、「手紙』マイクなしライブ、まあ、来る人はいないだろうなと思っていたら、

いらっしゃいました。お二人。何時もライブに来てくれている。

ありがとう。ありがとう。

訊いたら、入り口で、一時間ぐらいうろうろしたそう。どうしようかと。

わかる。僕も初めて来たとき、うろうろした。

樋口さん、あんなこと言ってたけど、入ったら最後しつこく勧誘されたらどうしよう・・・とか、洗脳されたらどうしよう・・・とかね。思うわね、実際。僕の場合、勇気振り絞って入ろうとしたら、まず、山のようにでかい黒人のK-1のファイターのコーチにでっくわした。色んな人がいる。

懐かしくて、あったかい感じはお二人には感じていただけたと思います。

この字は、角さんのお父さんが書かれたそうです。

船乗りらしい、毅然とした力強い字だ。

いつもは、ブラジルで多く出版されている、自動書記による霊からのメッセージを訳し、抜粋してホームレスの人たちに配るんですが、昨日はこのカードが配られた。

http://www.spiritism.jp/jpn/jpnovo.html
写真がアップされてます。

角さんんが長くやっているこの活動を、お父さんがようやく認めてくれて、協力してくれたんだそうです。

ここにも、「手紙』のストーリーがある。

僕が月に一回このセントロに行くようになって一年半になるんだけど、ここで様々なものをもらった気がする。

あんなに、自分勝手だった僕が、自分以外の誰かのことを気にかけたりすることを学ばせてもらった。

それは家族に対しての気持ちが一番大きい。まあそれでもやっと人並み程度ですけどね。

ここに来るようになって、「手紙』の言葉に出会い、そしてそれが歌になり、それを、こうしてセントロのブラジル人の人たちに、還していく。なんともいえない。

日本語がわからない人のために、角さんがポルトガル語に再び訳し直した歌詞をスライドで流しながら演奏した。

ハートの国ブラジルの人たち。感情を素直に表現する。あたたかい、あたたかい、涙。

なぜか、右手が動く。最後まで弾き語れた。

ありがとう。心やさしく、あかるく、ひたむきな人たち。

最後に、昨日もらった、メッセージ載っけます。

これが、霊からのメッセージだというのが疑わしいって方も、気にせず読んで下さい。もしそうであってもなくっても、大切なのは何を伝えたいかです。

今年一年の感謝を込めて、プレゼントです。僕からじゃありませんけど。


「人生のレシピ」
家族・・・すべてがここからはじまります
友達・・・決して忘れてはいけません
怒り・・・できるだけ少なく
落胆・・・何のために必要なのでしょうか
涙・・・全て乾かして下さい
笑顔・・・できるだけ色々なものを
安らぎ・・・大量に
赦し・・・可能なかぎり
愛せぬ人・・・できればなくします
希望・・・忘れずに
ハート・・・大きければ大きいほどよし
愛・・・ふんだんに
やさしさ・・・基本

〈つくりかた〉

1.家族や友達と集まり、怒りや過去の落胆の思い出は忘れます。
2.必要であれば、忍耐を全て使い
3.涙を乾かし、笑顔で置き換えて下さい
4.安らぎと赦しを混ぜ合わせ、あなたの愛せぬ人に送りましょう。
5,あなたのハートには、希望を残しておいて下さい。
6,人生の材料は必ずしもおいしくありませんが、
7,人生がもたらすあらゆる調味料をうまく混ぜ合わせ、特別な味の一皿をつくって下さい。

人生最良のレシピをつくって下さい。
愛は、節約しないで下さい。

今日の一曲
「手紙」〜親愛なる子どもたちへ〜


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