Message
2008年10月01日(水) GAMBARE
皆さんがんばってますか?

僕は、がんばっていこうと思っています。

がんばってくださいね。

がんばれぇえ、がんばれ!!ガンバ(死語)!ガンバ(死語)。

うぜエエエエ。

言い過ぎると、逆効果。

この「がんばれ」ッて言葉は、使い方が難しい。

でも普段よく使いますよね。気軽に挨拶代わりに別れる時とかに僕も言う。

通常の精神状態であれば、まあ好意的に受け取れるけどね。

でも、かなりヘビーなとき、本当にがんばんなきゃって重々分かっていながらそれがなかなかできないとき、

「がんばって」って言葉が重荷になる時がある。

でも、だからといって、安易に「がんばらなくていいよ」って言えばいいかっていうとこれも違う気がする。なんか読んだ本受け売ってるぞみたいなね。

僕が思うに、こんな時、「がんばれ」を吐いた人のその言葉に込めたエネルギー、相手のことを思いやる本気度、が試されるんじゃないかってね、おもうですよ。

言葉の空白を埋める程度の、常套句としての使われかたをした「がんばれ」は、相手の気持ちを萎えさせることもある。

本当に難しい言葉だと思う。

「どんなに美しい言葉も 心に愛がなければ相手の胸に響かない」

これ、イエスの使徒の1人聖パウロの言葉なんですが、これはどんなに時が経っても変わらない真実ですよね。

僕は自分の歌にこの「がんばれ」を使ったことがない・・・と、思う。もしあったら教えて下さい。

1/6で、元気をもらいがんばってますっていうことを言ってもらったりする。本当にうれしい。作ってよかったなあって心から思う。

でも、「がんばれ」は出てこない。世界中を僕らの涙で埋め尽くしちゃってる。

今回の新曲「手紙」にも、もちろん出てこない。

しかし、今親御さんの介護に直面されている方などから、この曲をラジオで聞いて、心が軽くなれた、またがんばれそうですっていうような手紙をいただくと、ああ、この曲の言葉になってない無言の「がんばれ」が届いたんだなあって、心底うれしい。

人は、放っといてもがんばる生き物なんだ。がんばる以外にできることは何もない。そういうふうに決まってる。いまがんばってなくても、いずれきっとがんばる時が来る。がんばることそれ自体が、生きる目的なんだから。

だから、これからも多分僕は自分の曲で、「がんばれ」は使わないと思う。

でもね、でもね。ほんとはね。

「がんばれ〜!!」って心の底から歌えたらどんなに気持ちいいかって思ってんですよ。

分をわきまえるって言葉がありますが。この「がんばれ」を、押し付けがましくなく、かといって逃げ腰にでもなく、突き放すようにでもなく、どんな状態の人の心にもドーンと、響くように歌うっていうのは、今の僕にはまだ無理だ。

http://jp.youtube.com/watch?v=fdZDjRqffpU

この人のように、「がんばれ」が歌えたらどんなにいいだろうかって思う。万人に響く「GAMBARE」だ。「がんばれ!!」って真っ正面から歌うことが許された選ばれし1人だ。

歌詞がいいんだ。加藤浩次さんが、聴いて号泣したって聞いたことある。相方のことを思っていたんだと勝手に思っている。

遠く隔たっている誰かを思って聴くと、染みるねい。

ああああ。がんばるぞおおおおう。

今日の一曲
俺たちの明日 エレファントカシマシ







2008年10月06日(月) バイト
「おとうちゃん、今日バイト?」

と、うちの長男が言う。

「ちがうんだよ。これがおとうちゃんの仕事なの。」

「えー!!」

長男は、僕が普段仕事場へ向かう汚い格好の時、「会社に行く」という認識で、ライブがあるときなど、身なりを整えていると、「バイトにいく」と表現する。

まあいいか。バイトだって仕事だし。

息子なりに、世間のお父さん像のステレオタイプに、自分の父親の仕事のサイクルを当てはめて理解しようとしているんだと思う。

最近、手紙〜親愛なる子どもたち〜のリリースも近づいて取材や、コメント取りなどが増えて来た。映像がからまない限り、極力普段着でいくようにしていたら、テイチクの方々には強烈だったらしくて、

「こないだ、頭にタオル巻いてヒゲ生やしてまっ黄色のデカ短パンで来たとき、内装工事の人かと思った。誰も気づかなかった。」と言われ、それから警戒されている。「今日は、絵録りますからね。くれぐれもね。」

で、近頃「バイト」にいく機会が増えて来た。

これから、年末にかけて、日本各地に参ります。手紙を配達しに。

お近くに来た折には、どうぞよろしくおねがいします。

今日の一曲
翳りゆく部屋 エレファントカシマシ


2008年10月10日(金)
cg17.jpg 200×201 6K
今回の、手紙〜親愛なる子どもたちへ〜のジャケットは凝ってます。

表はこれ以上ないってぐらいにシンプルなんですが、作りが凝ってます。表が字だけじゃあデザイン的に俺がからむ余地がないじゃねえかっていきおいで、ずっとCDのデザインをやってもらってる、三原さん渾身のアイデア作品です。えっ?これ、CD?っていう感じです。

実物を見てのお楽しみ。

で、この表の字なんですが、誰に書いてもらうかってことでテイチクでミーティングをやっていて、色々アイデアが出まして・・・

皆さん誰でも知ってる、あーんな人や、こ〜んな人に書いてもらってはという意見が交わされたのですが、結局、テイチクの社員の方に書いてもらって、選ぼうということに落ち着きまして、選考の結果、板谷さんという男性の社員の方の書いたものが採用されました。

僕としては、誰か有名な人に書いてもらうより、名も無き(失礼?)一般市民の方に書いてもらう方がいいなあと密かに思っていたので、ああ良かったなと思いました。

で、また板谷さんの奥さんが、介護のお仕事をなさっていらっしゃるというのを聞いて、ああやっぱりこういう風な巡り合わせって、不思議なものだなあって思いました。

で、板谷さんが、奥様に聴かせて、奥様が施設の方々や理事長さんに聴いてもらったそうです。

で、その感想なんですが、正直言って「つらい」と、聴くのが。あまりにも今リアルな現場にいるので。あと、「おしつけがましい」んじゃないかという反応もあったそうです。

これ、僕自身、この言葉に曲を付けたときに、予想していました。この曲は、曖昧な解釈の余地を残さない曲だから、賛否両論様々な反応にさらされるだろうなと。

以前、曲って、子どもみたいな所があって、作ったあとは人々の心に触れることで、成長して立派になって帰ってくるものだ、って書いたことありましたけど、この曲は、今まで僕が作った曲の中で最も人々の様々な心の間で揉まれる曲になるのではないかと思います。

いわば、試練に満ちた道のりをたどり、であるからこそ大きく成長してくれるであろう曲に。

最初に角さんにこの曲の歌詞の基になったチェーンメールを見せてもらった時に僕は、言葉にできないような何か大きなものに包まれるような感覚、永遠であることの安らぎみたいなもの、この親子の関係という形をかりて表現されている、もっと高い視点からのゆるぎない愛、みたいなもので心がいっぱいになったのを覚えています。

確かに書いてあることは、生々しい老いの現実であり、たった今直面されている方々にとっては、つらい、こんな言葉聞きたくないっていう反応があって当たり前かも知れない。

僕としては、自分がこの言葉に触れた時の、あの心が救われたような感覚を信じるしかない。そして、それを伝えるために誠実に歌っていくしかない。いつかきっと伝わると信じて。

でも、最後に板谷さんはこうおっしゃった。「でも、この曲のおかげで、僕ら夫婦で家族のことを今までにないくらい色々話すことができました。」と。

これ、なんですよね。様々な意見が出ることの素晴らしさって。互いに分かりあうために言葉を尽くす。それをやめてはいけない。

この曲で泣かなきゃ、おかしい。みたいなこわばった空気だけは作りたくないんですよね。マーサは何時も目は真っ赤っかですけどね(笑)。ただ、何かしら感情に訴えるものがあったとしたら、その感情から目をそらさずに見つめて欲しいんです。それがどんな感情であったとしても。

がんばれ、我が子よ。遠くまでとんでゆけ。

P.S今日、鎌倉芸術館で、タクミノートのイベントに出て来ます。

今日の一曲
なぜだか、俺は祈っていた  エレファントカシマシ


2008年10月19日(日) キャンペーン
久しぶりに、大々的なキャンペーンへとなだれ込みます。

明日、九州へ。

熊本、福岡、大分と回ります。

この10日ぐらいの間で、プロモーションヴィデオを録りました。

あくまで、言葉を主役に据えた、シンプルなものです。僕も一応出てます。

一日取材があった日の夜に固め撮りしたので、疲れた感じが曲にあってていい感じです。

まあ、曲の雰囲気を邪魔しなければね、オッケーよ。

そして、おとといは、名古屋に行って来ましたよ。

CBC放送さんで、今月の歌的なものにしていただいていて、この長い曲をフルでかけて下さっているらしく、お礼もかねて、たくさんの番組に出て来ました。

昼に時間が空いたので、行って来ました、「ラディッシュ」へ。

待ち構えて下さっていました「お母さん」。

久しぶりに水曜どうでしょうの世界に、帰って来た感じがした。

思っていたより広い店内に、多くの従業員の方・・・こりゃ多いな、いくらなんでも・・・

と思っていたら、ほとんどがボランティアのホール係さん方。

お母さんを囲むように、働いていらっしゃる。

すごい、この人を引き付ける磁力。この磁力を受け継いだ息子。ヒゲが砂鉄のようであるわけだ。

S極とS極で、なかなか、くっつかない、けども、互いの気持ちは痛いほど分かる、ジレンマ親子。

息子の砂鉄に、新曲「手紙」を聴かせたい。

どうでしょうファン、いわいるどうバカも、世代的にこの「手紙」の言葉がしみる世代だよなあ。

1/6とは違った形の勇気をこの曲で伝えられたらいいな。

と思っております。

おかあさん、古代米と栗きんとんと塩鮭とおもてなしをありがとうございました。

小倉トースト。絶品でした。

ほんとに。

今日の一曲
地元の朝 エレファントカシマシ

2008年10月27日(月) 一週間
九州キャンペーン第一陣が終わりました。

久しぶりに、丸々一週間東京を離れました。

熊本から始まった今回のプロモーション、今までやったシングルのプロモーションの中で一番「届けてる』感と、「届いてる』感の強いものとなった。

無数に出回っているCDの中、自分の作った一曲を、これまた同じ目的で無数に訪れる人の絶えないマスコミ媒体に足を運び、不特定多数の人々に向けて、ほんの数分間発信する。

この作業、正直言って実感の乏しい形だけのものになりがちなのです。

もちろん毎回一生懸命やるんですが。慣れてくると段々流れ作業になってく感は否めない。大海原に向かって自分の色の絵の具を柄杓で撒くようなと言いますか。

こう書くとなんか変ですが、今回、スタッフを含めた僕らの心にはこの曲を世間に宣伝しようという気持ちはあんまりないのかもしれない。

僕らが、行っておいでと門を開くと、自分から勝手に行くべき所に飛んでいってくれるから、こっちはそれを見守るだけでいいという、何ともいえない安心感みたいなものがあった。

この安心感のおかげなのか、同じことを何度も何度も言わなければならないキャンペーン取材というものが、苦痛ではなかった。それどころか、これもスタッフ一丸となって、どう言ったら一番効果的に伝わるかを話し合って、終わりに近づくに連れて、話が洗練されたものになっていった。

多分、スタッフみんなそれぞれが、この曲の言葉に最初に触れた時の自分の心の針の振幅を、疑うことなく信じているからだと思えた。

ラジオやテレビで曲をオンエアーした時、まず最初にDJやキャスターの方々から、かなり本気な反応が返ってくる。それは時には自分の身の上話であったり、涙であったり。

マーサさん、あなただけではなかったよ。泣き加減はあなたがだんトツだけど。

それに続いて、決して大量ではないけれども、確実に届いてるなあッて実感させてくれるメールやファックスがリスナーの方から送られてくる。

福岡の最後が、NHK FMだった。九州全県ネットの「夕べのひととき」。この時間入院されてる方が、ラジオをつけて多く聴いているという話。

しゃべりも早々、曲紹介と同時にスタジオを出て、放送の流れるロビーを抜けて、大分への列車に乗るために駅へと向かう予定が、みんななぜかその場を去りがたく感じている。

宣伝の倉橋さんが「最後まで聴いていきますか」と、その場の空気を代弁した。

そこから人気のない薄暗いロビーで、男たちがそれぞれ黙りこくったまま、曲を聴いていた。

今回のキャンペーンで、僕が一番心に残ったのが、このシーンだった。

この曲に対するみんなの思いを象徴するようなシーンだった。

みんながそれぞれ、この曲をラジオの前で聴いているであろう様々な人のことを想像しながら、その人々に「届けている」という気持ちを実感していた。と思う。

僕らが心というものを持ち、共感する魂である限り、この言葉を様々な思いで受け止めるであろう人々の
ことを思い浮かべ、その人たちの心に想いを馳せるという行為は、いつまでも続くんだろうと思う。

誰かの心に最初に届く瞬間に立ち会う限り、この曲の言葉は、聴くたびに最初の感動を色あせず保ち続けるのだろう。

と思いました。

今日の一曲
手紙〜親愛なる子どもたちへ〜


2008年10月29日(水) 北へ
明日から、北海道キャンペーンです。

先週くまもとで、気温が日中28度だったですが、明日の札幌は、最高10度。でももう慣れたものこんなの。朝早いし、ジャンバー着てくんだ。僕は東京の街を夜でもTシャツ一枚だけどさ、いまはまだ。

そう言えば、昨日、元サムエルの伊藤大介君に会ったんですよ。

いや懐かしかった。ラストチャンス のブレイク前から彼らのことは知ってたので、解散してからすっかりご無沙汰だったんですが、今もバリバリ音楽活動をやっていて、同時にプロデューサー業もやっていると聞き、そう言えばなんかしっかりして見えるなあ、俺なんかより貫禄あるし・・・と言ったら、

「いやだなあ、そんなこといわないで下さいよ。今も自分でもやってんですから」と、このアドレスを教えてくれた。

http://ranai.jp/

で、突然流れて来たさわやかで、切ないハーモニー。初めて彼らの声を聴いたのは、盛岡のイベント会場だった。「Dance with me」オーリアンズの名曲のカバーだった。その目眩のする心地よさがフラッシュバックした。文化放送で話題の「浜松町で逢いましょう」。

変わらないスタンスで、音楽を続けている仲間がいるっていうのは、心強いよね。

伊藤君も2児の父親となった。新曲「手紙』の話をすると、是非聴きたいと言ってくれた。

詳しくは、また後日書きます。

明日は久々5時起きで、最後には音楽処で、インストアがあります。目一杯ぎゅっとなってますんで、寝ます少しでも長く。

さあ、明日もがんばって「届けよう」。

今日の一曲
ラストチャンス サムシングエルス

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