Message
2008年04月02日(水) おつかれさま よろしく
大分、何時ものように行って来ました。

ジェロとはどうからんだのか?

ごめんなさい。なし。でした。

スタジオも、イベントも、順番に別々でした。でも、なんか端で見てたら、疲れてて大変そうでした。すごく忙しいだろうから。頑張って下さい。生放送でステージで初めて「手紙」をやりました。この曲はやっぱり早くレコーディングしてお届けしたいと思いました。おかげさまで、みんなが口ずさめるぐらい大分に浸透した「風の呼び声」。お客さんの多くが口ずさんでくれている。いつも「いっしょにうたって」とか言ってるくせに、こっちが間違っちゃったらどうしようという不安の念が心をよぎり、その瞬間歌詞を間違えました。不安、心配、取り越し苦労。いいこと一つもない。まだまだ修行が足りません。ラジオをお聞きの皆さん含め一緒に歌ってくれていた方々ごめんなさい。

滞在中なか日に私用で実家に帰らなければならなくて、電車の時間がうまいこといかなくて困っていたら、

「私が、乗せてく。」と言ってくれたのが、どうでしょうの聖母マリア、姫だるま後藤さん。

大分市内から、自分の家通り越して、結局熊本の僕の実家の目の前まで、3時間ほどかけて送ってくれた。

そこからまた、竹田に帰るのに2時間ですよ。本当にお世話になりました。

日々訪れる人が絶えなくて大変でしょうと尋ねたら、「みんな、優しい人たちばっかりなんですよ、おかげさまで。」

姫だるま工房を訪れる方々、この人の無尽蔵の優しさに迎えられていることを、忘れてはいけません。

タップリ時間があったので、色んなお話をさせていただいた。って言っても後藤さんが8割ぐらいしゃべってましたけど(笑)。人生について話す濃密な時間でした。

それで、着いて、家の前でいきなり「ちょっとごめんね」と、電話をかけ始めた。

出たのは藤村母さん。おかあさん、むすめ。と呼び合っている。久しぶりに僕も話をさせていただいた。ハワイにいったんだって。息子と違ってのんびりじっくり一カ所に留まって。よかったですね。サイコロなくて。

期せずして、どうでしょうのアウトラインを形作る三人が電話を通じて一堂に会した夜でした。

この日記にもたびたび登場する、大分のラジオの顔。仮面の忍者白影。僕より一回り上の辰年。

ドクターマーサの16年続いたFMの番組「わくわくコーリング」が、幕を閉じた。

金曜の夕方の生、リクエスト番組。人気もあった。数字もよかった。惜しまれつつ、幕を閉じた。

終わって、ブリックブロックというライブハウスで、番組に関わったスタッフ、関係した人たち、飲み友達、ちょっとでもゆかりのあった人たちでお疲れさまの集まりをやった。

僕がデビューしたのが今から、15年前・・・!  15周年じゃん!!ことし。なんにもやんないの?
なんかやるか。

話がそれましたが、「わくわく」とほぼ同じ時間を、僕も経て来たわけですね。

デビューしたての頃から、この番組には本当お世話になった。マーサがしゃべり曲をかけ、リズムレコードの三浦さんが店頭で強力に展開してくれたおかげで、僕のデビューアルバムの売り上げ日本一がここ大分のリズムレコードとなった。ただただ感謝しかない。三浦さんもサプライズで鹿児島からわざわざ来てた。ホテルの部屋で最終回聴こうと思っていたら、ラジオがついてなくて、わざわざ電気屋で買ったそうだ。

16年番組を続けるってどんな感じなんだろう。

それは、あの、マーサの涙が伝えてくれている気がした。

ほんと、最近、涙腺が。「なきむしDJ」と名付けました。

けど無理ないよね。色んなことが頭の中をメリーゴーラウンドで。

でも、もう既に、新しい番組は始まっているし、僕も相変わらずそこに呼んでいただいている。

たどり着いたら、そこがスタート。を実感する季節。頑張りましょう、マーサ。旅は永遠なんだから。

お疲れさま。よろしくお願いします。

今日の一曲
マーサ マイ ディア Beatles

パーテル・ペッカビ4/2更新しました。ケーティとの別れです。
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2008年04月04日(金) クリスタル母さん
最近、自分の好きな声っていうことを考えた。

歌声。

声質。これは当然重要なファクターだけど、なんか・・・それとはちょっと違う基準というか、琴線が自分の中にあるような気がして考えた。

その、きっかけが、アレサフランクリン。

すごい歌唱力だと思うし、好きな曲もあるんだけど・・・何故か強く魅かれない。ワアー、すごいなーって感心するんだけど。

好きな人ごめんなさい。本当に個人的な話です。

で、僕は、黒人の女性歌手の中で一番好きかも知れないのが、グラディスナイト。

neither one of us とか聴いてると、うるうるとなってずるずる引き込まれる。
http://jp.youtube.com/watch?v=Sp5f8dEnmHY

日本では、アレサの評価が高く、グラディスの知名度はどちらかというと低い。

この両者の間で僕が感じる違いは何だろうかと考えた。いやそんなに深くじゃないっすよ。

それで、フッと頭に浮かんできたキーワードが「母」。

いや別に家のおふくろがグラディスナイトに似てるっていうわけじゃないですよ。顔は濃いですけど。

僕はあの声と歌に、母なるものを感じているのだと思った。

母なるもの、これ人によっていろいろなイメージがあると思うんだけど、それに僕が最初に思い浮かべる言葉が、

「静寂」。揺るがない静寂。全てを受け止め、自分の中にしまい込み、暖かく包み込んでくれる真綿のような静寂。

後は、「赦し」かな。強さの証しとしての赦し。

グラディスナイトも、エモーショナルに歌い上げる唱法を得意としているんだけど、僕は、彼女のどんなに激しい表現の中にも、そうであるが故になおさらある種の静寂を見つけてしまうんです。

それは、ざっくりとしていて、親密でとても心地よく、いつまでもそこにいたいと思わせてくれます。

好きなシンガーが全てこれに当てはまるわけではないけど、この母なる静寂を感じさせてくれる人の歌は定期的に聴きたくなる。ビョークもそう。

じゃ、男性アーティストには父なるものを求めるのか?

これも全てじゃないけど、結構当てはまる。

その代表格が、「クリス・レア」。

http://jp.youtube.com/watch?v=THcbQyFtCqg&feature=related
この曲なんかは、まさに家路を急ぐ父親そのものですが、僕は、彼のデビュー曲の「Fool」に強烈に父を感じてしまう。

失恋による自殺未遂事件を起こした彼の娘に対して、Fool if you think it's over.  It's just begun. もうおしまいだなんて思うなんてバカだよ。始まったばっかりさ。と、優しく語りかける明るいポップナンバー。知らない人はぜひ歌詞の意味を噛み締めながら聴いて欲しい。あの声でうたわれた日にゃあ、もうだめです。

日本で、僕にとっての母なる静寂を感じさせてくれた歌い手さんがいる。滅多に出会えない。

以外かもしれませんが、Crystal Kay。しかも2000年に出た、彼女が14才の時の曲に、強烈にそれを感じた。

ダーリンP.P.P この曲。当時、高校生に歌を教えていた時に、生徒のひとりが持ってきた。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/588256

歌詞は、女子高生の恋愛を歌った歌。ほんとになんてことない渋谷辺りでの日常を、なんてことない簡単な言葉で描いている。「母」とは何の関係もない。

告白すると、僕は3回に1回はこの曲を聴くと涙が出てしまう。グラディスナイトに感じる「母なるもの」が心にいっぱいになって溢れてくる。

わがままで身勝手な彼氏に振り回されながら、どこまでも赦し、見守る主人公の気持ちをCrystal Kayさんが歌うと、自分の息子を無条件に受け入れ、赦し、愛する母親の姿がどうしても重なってしまう。

柔らかく、静寂に満ちた、強い母が。

誰かを傷つけたことのある人なら、それが赦されるっていうことが、責められることよりも何倍も心にこたえるっていうことを知ってる。そして、人は人を赦すことを学んでゆく。「母なるもの」によって。

俺だけなのかな? そうかんじるのは。いい曲なんだわ。これが。

いつか歌えるかなあ・・父なる歌が。

今日の一曲
Fields of gold sting
パーテル・ペッカビ4/2更新
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2008年04月10日(木) 孟子は毛ありません
中国の古い話・・・孔子だったっけ?長い箸の話。

地獄に行った人の話で、そこは、飢餓の地獄で、人はものを食べることができない。

食べ物は豊富にある。しかし、彼らには長さが1メートルもある箸を使うことしか許されていない。

なんとか掴んでも、どうしても口に運ぶことができない。どんなにおなかがすいても、目の前にある食べ物をどうすることもできない。人々のいらだちと絶望でそこはまさに地獄絵図と化している。

場所は変わって、天国。

そこにも同じように目の前に食べ物が並ぶ。そして人々に渡された箸も、地獄と同じように1m。おかれた状況は地獄と全く変わらない。

そこには、人々の笑顔と喜びが満ちている。

さあ、何故でしょう。

その通り。

そこでは、皆がそれぞれ自分の箸でつかんだ食べ物を、お互いの口に運んでいたからなのでした。

シンプルな話だけれど、色々考えさせられる。

僕らは、自分以外の人に、与えることなくしては、何も与えられないのだという法則。

与えてさえいれば、必ず与えられるのだ。

僕らにも例外なく、人生という1メートルの箸が渡されている。

それを使って、自分の口にだけ食べ物を運ぶことに虚しく情熱を費やすのか、回りの人に与えることに生き甲斐を見いだすのか。

若かりし頃、あきらめ悪い頃、色々試しましたなあ。

こう、グッとつかんで、セイッと上に放り上げて、パクっていうのはどうだろうか?とか。

刺せばいいじゃん。とか。

ぶっちゃけ、超短く持てばいいじゃん。とかね。手首痛めそうですけど。

そのような裏技に長けていて、たらふく自分だけお腹いっぱいの人生送れる人もいるんだな、これが。

そこで、ああ、ラッキーだったな。逃げ切れたなで、おしまいならいいんですが。

僕の知る限りじゃあ、どう見てもそれで終わりじゃない。

そのあと、お箸の持ち方を一からお勉強し直さなくちゃならない。大人なのに。

そのお勉強、ずっとやって来た人にとっては、なんてことはない簡単なことで、与える幸せを感じるばかりなんだけど、

やってこなかった人にとっては、つらくて仕方がない。今までやって来たように、なんとかうまく自分だけ食べる方法はないかと、もがき苦しむ。与えるという、正しい箸の使い方に、どうしても気づけない。

結局、天国も地獄も、どこかにそんな場所があるのではなくて、自分の心が作り出してるオリジナル作品なわけですね。

作ったなあ、いっぱい。original hell。

これからはoriginal heaven作んなきゃな、やっぱ。

箸、左利きなんだけど、それはいいのかな・・・食べにくい?

はい、あ〜ん。

今日の一曲
You never give me your money Beatles


2008年04月14日(月) ゲイジツはバクハツだ
世の中の親は、100%親バカである。

という命題は正しいか。

子育てとは、すなわち人間観察だ。

常に気を払い、自分の子供を注意深く見守る親であればあるほどその観察の細密度も増してゆく。

観察すればするほど面白いのが人間だ。皆例外なく驚くべきものを秘めている。

で、親の記憶の中には、自分の子供の面白い部分や、驚くべき側面が、一人の人間を追い続けたルポライターのように、観察記録として蓄積されている。

その観察記録の中の興味深いエピソードを、他の誰かに向かって少しでも開示した瞬間、

あなたは、親バカと呼ばれる。

僕が、このように、ない知恵を絞って、浅薄な理屈をこね回す時。

それは、言い訳をする時。

開示します。

この間、うちの嫁が保育園に子供(3才11ヶ月)を迎えにいったら、保育士の先生が、面白いことを教えてくれた。

お絵かきの時間、園児1人1人に画用紙が配られ、皆床に座って思い思いに絵を描いている時、

うちの子供、二郎(仮名)が、「先生、ちょっとこれ持ってて。」と、画用紙を保育士さんに渡した。

「これでいいの?」と、法廷から「勝訴」と書いた紙持って走ってくる人の持ち方を横にしたような感じで先生が画用紙を持つと、

二郎は、両手に2色のペンを持ち、縦横無尽に激しく動かしながら、その画用紙に、ランダムに線を描きはじめた。

「・・何を描いてるの?」と先生が聞くと、

「・・・風。」とつぶやくように一言答えたという。

かっこ良すぎる。

「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」TARO

「保育園児が風を描いてもいいじゃないか」ICHIRO

で、僕は、書いた本人に、君は客観的に風を捉えて描こうとしたのか、それとも自分自身が風となり画用紙の上にその痕跡を残そうとしたのかを聞いてみた。

二郎は、「答えは風の中さ」と、謎めいた笑みを口元に浮かべたまま無言でおやつを食べていた。

おそるべし。

一行目の命題の正しさが証明されました。

今日の一曲
「コクトー恐るべき子供たちのテーマ」4台のハープシコードのためのコンチェルト バッハ

パーテル・ペッカビ4/11更新。クルックス編の最終回です。
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2008年04月15日(火)
20080414132753.jpg 320×240 25K
ラジオの収録で、川崎の梶ヶ谷へ行った。

今回始まった新番組「帰ってきた夢旅人」は、滅多にスタジオ収録はない。

ディレクターのさとけんと、どこかの町をほっつき歩きながら、つらつらと録って行こうということになった。

で、久しぶりに来ました。もう十年以上前に住んでいた、梶ヶ谷。

3/14の日記に詳しく書きましたが、ここは、サイコロ3でどうでしょうの面々がやって来た場所です。

以前散歩で通っていた階段の坂道が無くなっていたりとか、ちらほら変化はありましたが、基本的に急行の止まらない駅周辺ののんびりした雰囲気は変わっていない。

1人でぶらぶらしていて、道の脇に立てかけてあった看板に目がいった。

「あああ!!これ、まだあったんだあ。」と思わず1人叫んでしまった。

この写真では分かりにくいかもしれませんが、「工事関係車両制限速度は10km走行すること」と書いてある。

僕が住んでいた10年前からずっとあったこの看板、当時から気になっていた。あんまり気になったので、連載していた鹿児島の雑誌のエッセイに書いた覚えがある。

例によって主語と述語が噛み合っていない。主語をこれにするなら、「工事関係車両制限速度は10kmとする」となるべきだし、述語を尊重するならば「工事関係車両は10km以下で走行すること」とするのが普通じゃないですか。

多分、この看板を作った人は、文言にしかつめらしさを担わせるために漢字をできるだけ多く使いたかったのではないだろうか、それで、こんないい感じのものが出来上がったのではと当時思った。

それで、この看板が作られているところを想像した。やっぱり、文句を考える人と、発注を受けて実際に作成する人と別だったんだろうな。看板作る人が、「おい、この文章おかしくないか。」と、仲間にいう。

「いいんじゃないの、意味は伝わるし。俺たちの仕事は黙って言われたまんま看板作ることなんだから、そんなこと気にしなくてもいいんだよ。」と仲間は答える。

そう言われれば、確かにそうなんだけど、でも気になって仕方がない。おかしいと分かっていながら、そのまま作業を進めてもいいものだろうか。

でも、言葉を考える方だって、それぐらいのチェックはするだろうに。もしかしたら、この看板にはこのように書かなければならない理由があるのではないか。

そこで、改めて、看板の文字を眺めてみる。すると、この文章に隠された秘密のメッセージのようなものが浮かび上がって来た。

「工事関係車両制限速度は10km。走行すること。」このように区切ってみる。

工事の車の制限速度は10kmで、しかも、止まってはならない、ブレーキを踏まずにずっと走行し続けろ、というニュアンスが伝わってくる。

そこで、思い出したのが「恐怖の報酬」という、フランス映画。イブ・モンタンが主演のサスペンス。石油採掘所の火災を消すために、土砂を爆破するためのニトログリセリンをトラックで運ぶ労働者たちを描いた映画。彼らは、少しでも衝撃を与えたら吹っ飛んでしまう恐怖と闘いながら、できるだけ止まらないで低速走行でトラックを走らせていた。

このメッセージ、一体誰に向けられたものなのだろうか。なにか、大きな闇組織の陰謀がからんでいるのではないだろうか。そこで、もう一度看板をじっと見た。すると、突然別のメッセージが隠されているのに気がついた。

「工事関係車両制限。速度は10km走行すること。」こんな風に区切ってみる。

こうすると、工事関係の車は通っちゃいけないってことになる。問題は「速度」という文字だ。「はやと」と読んでみよう。誰かの名前か、コードネームかもしれない。そしてさらに、「10km」。これ、速度を表すのならば本来は10km/hと表記されるべきで、この書き方だと距離を意味するものとも捉えることができる。

この2つのメッセージをまとめると、工事関係車両は基本的に通行禁止であるけれども、「はやと」の運転するトラックだけは例外で、彼は、時速10キロメートルでブレーキをかけずにここから10キロ先まで走りつづけなければならないのだ。そう言う指示を「はやと」に対して出しているものに違いない。

そのトラックには一体何が積み込まれているのだろうか。人類を危機に陥れる大量破壊兵器かも知れない。どうしよう、このまま見過ごしていいのだろうか。このメッセージに気がついてしまったのは今のところ自分だけだ。この看板を黙って作るわけにはいかない。なんとかして阻止しなければ。そこまで来て、彼は重大な事実に気がついた。

「・・・俺の名前が、はやと、だ。」

それは彼自身に向けられた、秘密のメッセージだったのだ。悪の組織から日本を守る地下組織から、その一員である「はやと」へ、作戦行動を開始せよという、暗号命令だった。

そうだ、俺は正義のヒーローハヤトマンだったんだ。戦え!!工事戦隊ハヤトマン。現場の平和を守るため。安全第一ハヤトマン。足場の確認忘れるな。環境重視だハヤトマン。土日は騒音ストップよ。

・・・なんか、10年前に出て来たストーリーから、イマジネーションの矛先が、ヒーロー物に行っちゃった。

毎日毎日、そんな本ばっかり、声に出して読んでるからだと思われます。

と、僕の散歩中の考えごとに10年前こんな風に彩りを添えてくれた、この看板が今もここにあったことと、昔からこんなバカなことばっかり考えていたんだなあと、再確認出来たことに、しばし、感無量の樋口了一でした。

「恐怖の報酬」は絶対おすすめ。リメイクよりこっちの方がいい。CGのインパクトに頼りまくった今どきの映画にはない本物の恐怖というものを体験することができる。そして、ラストには深い教訓が。

今日の一曲
EMBLEM TOKIO
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パーテル・ペッカビ4/11更新。ウイリアム・クルックスの最終回です。是非ご一読を。

2008年04月18日(金) 藤やん、痩せた?
20080418084013.jpg 320×240 20K
どうラーの方は、もう既にチェック済みかもしれませんが、びっくりした。

僕は、ビッグコミックスピリッツ を読み始めてから、25年になる。

で、この間の19号の巻頭カラーの新連載を、昨日初めて読んだ。「おたんこナース」の佐々木倫子さんの新作だ。

「チャンネルはそのまま」という。舞台は北海道のテレビ局。名前が、「北海道ホシテレビ」HHTV。

社屋のビルの屋上には、「ホシイさん」という黄色い星形のマスコットが立っている。

その舞台設定が、知っている人にはびしびし伝わってくる物がある。

何それ?っていう人のために。

北海道にはHTBというテレビ局があり、その社屋の屋上には「Onちゃん」という黄色いマスコットが立っているのだ。

そして、そのテレビ局こそ、ローカルバラエティの奇跡と詠われる「水曜どうでしょう」を生んだ所なのです。釈迦に説法。ポールマッカートニーに作曲講座。

で、ここまでリンクして来ると、そっから先の何かを期待してしまうっていうのが人情ですよね。

そしたら、あった、あった。いた、いた。

ヒゲがいた。

女性作家の傾向。実物より美しく描くというやさしさ。

そのやさしさの恩恵をタップリ受けた、スマートな藤やんがいた。さわやかすぎて、危うく見過ごす所だった。大泉君の描いた藤村犬の視点とは明らかに違う。

しかし吹き出しを見れば、それが藤やんだということは、すぐに分かる。

そのことについて何か触れているかとどうでしょうのホームページに行ってみたら、ナイスタイミングで日記に書いてあった。

この漫画は、月一連載です。藤やんの活躍に期待しましょう。

今日の一曲
onちゃん音頭  

2008年04月20日(日) AGEO
20080419.JPG 640×480 40K
こう書くと、貸しビデオ屋さんみたいですが、アゲオ。上尾市で久しぶりのインストアでした。

来てくれた方々どうもありがとうございました。

僕の前に歌を披露してくれた若者が、こおり健太くん。近々デビューする、演歌歌手です。

元保育士さんっていうのがすごくうなずける。考えのしっかりした若者でした。

皆さん、どうかお見知り置きを。

久しぶりに、座ってやりました。ガットギターで。1/6をやるには少しパワー不足なんですが、新曲の「手紙」は、やっぱりこの穏やかなナイロンの音じゃないとしっくりこないので、敢えて最近はガットを選んでいます。

遠方からわざわざ来てくれた人も、地元の人も入り交じって面白かったね。

「待ってましたよ。また来て下さいね。」と、多くの人に言ってもらうと、ああ、つぶさに日本全国を回りたいなあと、改めて思う。ああ〜にほんのどこかに〜わたしをまってるひとがいい〜る〜。

すいません。わるのりで。

握手した数だけこちらもパワーをもらいました。

いつもながら、ありがとう!!

今日の一曲
望郷じょんがら 細川たかし

2008年04月21日(月) オルゴール
20080421061854.jpg 320×240 21K
どうでしょうのオルゴールが出ましたね。

1/6の夢旅人2002と、番組のオープニングテーマ。

2002の方は、普段DVDのトップ画面でおなじみなので、改めて驚くことはないのですが、このオープニングテーマをオルゴールにしちゃうところが、イズムを感じるなあ、どうでしょうの。

かなり、アーシーでブルージーな、リトル・フィートを彷彿とさせる、ファンキーサザンロックテイストのテーマで、

とぅい〜ん とぅぇ た た と とぅぇらららーん

という、ギターの鳴きのメロディーが印象的なんですが、

これ、オルゴールにしちゃうと、さいしょの、とぅい〜ん というチョーキングが「ピラン♪」っていう、ためもなんにもない平板な音になってて、 とぅぇ た た と とぅぇらららーん も、同様に、「ぴんぴんぴんぴん ぴりりり〜ん」という能天気な屈託のない可愛いアプローチになる。

沖縄民謡の曲みたい。

それを意識したのか、とぅい〜ん とぅぇ た た と とぅぇらららーん の5番目の「と」という音が、短三度ではなくて、ナチュラルに戻ってる。

それがまた、かわいい。意図されたものか、偶然か。

このごり押し感が、いわずと知れた、どうでしょうイズムなんでしょう。

「やっちゃえ。」っていうね。

まあ、感動の最終回の音楽に、インコの声入れちゃうようなやつに言われたくないってか。

僕の場合は「やっちゃった・・・」なんですが・・・

なお悪いでしょ!!

おすすめですよ。可愛いオープニングテーマオルゴール。

今日の一曲
はいさいおじさん




2008年04月22日(火) インサイド高めでも怒らない
来る5/11日曜日、第25回定例ライブがとり行われます。

ホームページに今回も多くのメッセージと、リクエストをいただきました。いつもながら、ありがとうございます。

初めて参加される方も結構いらっしゃるみたいですね、その人にとっての初体験がいいものになりますようがんばりたいと思います。

王選手は現役時代、シーズンの始めに今年ホームランが一本も打てなかったらどうしようという不安に毎年襲われていたんだって。

レベルと次元は違いこそすれ、僕もライブが全く楽しめないものになっちゃったらどうしようってよぎることあります。歌詞が全てとんで、ギターの弾き方突然忘れちゃって。

でも、ほれ、そこは王選手も僕も皆さんも、同じだと思うんです。何かを心配したり不安に思う時って、その心配しているシチュエーションは全く起きてもいないことなんですよね。

完全に頭の中だけの世界。その世界の中で、大抵自分1人で全部背負っちゃって、苦しんでる。

思うんですが、ホームランってピッチャーの渾身の一球があるからこそ出るんですもんね。そのエネルギーを打ち返すことで球がぐんぐん伸びてゆく。言ってみればピッチャーとバッターの共同作品なわけです。

1人で何でもやろうとしちゃいかん。

と、いうわけで、たのみましたよ。

いい球を、お願いしますね。みなさん。

デッドボールは、メタ坊に。ね。(傷)あ、間違えた(笑)。

上段です。いや、上タン1人前です。いや・・・冗談です。

でも、不安の別の要因としてあげられるのが、準備不足。これは、こっちの責任。言い訳の余地がない。

しっかり素振りしときますけん。よろしくおねがいしますとですたい、星くん。(左門)。

変なドラマ脚本九州弁。

そんなかんじで、おまちしております。

今日の一曲
Take me out to the ball game

2008年04月27日(日) 1/365の不思議
今日は息子の誕生日なんですが、

うちのお隣のご家族の娘さんが、全く同じ日に生まれた。嵐で風がびゅーびゅー吹いてた。引っ越して来て話をしていたらわかったことだった。血液型もおなじAB型。

偶然ですねって話していた。

このあいだ、幼稚園の入学式の時、そこのご主人と話をしていたらその話になった。

そしたら、そこのご主人も僕も同じ水瓶座だということがわかった。

「ちなみにいつなんですか?」と、僕が聞いたら。

「2月2日です。」という返事。

僕と一緒だった。

こういう確率ってどうやって計算するんだろう。1/365を何回かかければいいのかな。

いずれにしても、なかなかすごい。

さあ、これで、お母さんどうしが同じならば、ビンゴだ。テレビぐらい出れるかもしれない。

なんて、冗談いっていたら・・・・・!!!!!!!!

・・・それはない。普通に違う日でした。

しかし話はそれだけでは終わらなかった。

ある日、うちの嫁さんの母親が、うちを訪ねて来ときに、偶然隣の奥さんとすれ違った。

嫁さんの母親の顔色が変わった。「・・・よし子」

そう。誕生日が同じというのは、この結末への伏線だったのだ。導きへの。

察しのいい読者の方ならもうお気づきだろう。

となりの奥さんと、うちの嫁さんは、幼い頃に生き別れた実の姉妹だったのです。

さて、この話、どこからがうそでしょう?

オオカミ少年は、寂しかったんだと思うな。誰も相手してくんなくて。だから、あんな嘘をついて大人の気を引こうとしたんだ。そこに1人でも、少年の気持ちを分かってやれる大人がいたら、あんなことにはならなかったよね。

変な結び。

今日の一曲
Please don't tell me a lie 佐野元春

2008年04月30日(水) 東北でした
昨日まで、岩手県の盛岡、北上とイベントでした。

来てくれた方々、どうもありがとうございました。

盛岡のイベントは、馬場俊英さんと、池上ケイさんと一緒でした。

さとけんの番組ミュージックpunchの公開録音。僕は二番目に出たんですが、控え室が同じだった馬場君に、「かぶってますね」といわれて、見たら衣装の色使いが全く一緒。ジーンズに、白いシャツに、グレーのTシャツ。

まあ、いいか。同世代ミュージシャン。色んなことが許せる年頃。っていうか、僕はいわれてから気づいた。

馬場君は、今ツアー中で、すごく忙しそうだった。すぐに仙台にとんぼがえる。がんばって欲しい。同じTEAM40として。


ということで、夜は池上ケイさんチームと合流。

今は無き東芝EMIの本社ビル最上階の第三スタジオ通称3スタの話で盛り上がった。

ケイさんのディレクターが、壊されていく3スタの写真を見せてくれた。

無残に撤去された、ラージスピーカーと、オールドニーブの卓。

このスタジオは、ストーンズや、レニークラヴィッツも、使ったことのある由緒あるものだった。

あの高い天井がなつかしい。

溜池の本社ビルも、無くなってしまう。無常。

盛岡の夜は肌寒かった。

子供たちの襲撃により、

つづく。

今日の一曲
スタートライン   馬場俊英

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