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2007年11月02日(金) 23回目
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軽井沢は、シーズンオフではなかった。

旧軽、雲場池、結構な賑わいでした。いつもより年齢層が高い。

そうです。紅葉真っ盛りだったんですね。

全く当て込んでなかった分、得した気分でございました。

で、この、美しい色づきを吸収した歌をたっぷりと皆さんにお届けしようと、今回の第23回定例ライブイン恵比寿スウィッチでは、秋らしいラインナップで行こうかなと思います。

リクエストにもお答えしつつ。

僕の故郷の熊本は、秋が長い。冬になると寒いんですけど、それまでたっぷりと時間がある。

考え事するにはとてもいい。それでこんなになっちゃったのかもしれません。

どんよりと曇った空と葉っぱの落ちた裸ん坊の木々。僕はよく一人でその中を歩き回っていた。

結構好きなんですよね。殺風景な感じが。殺伐としてるっていうのとは違う。少しの間店じまいしてる感じ。

さみしくてあたたかい。

街は少しづつ慌ただしさを増してくる。ああ、今年も終わるんだなあ。早いなあ。

紅葉って不思議ですよね。

あの色とりどりに染まった葉っぱたちは、呼吸やら光合成やらの葉っぱとしての役割から解放されて初めてあんなに美しく色づくんですもんね。葉緑素が抜け落ちて。

夏の間、一生懸命栄養を作り出す仕事を終えたあとに今度は、森や町を芸術作品に変えてしまう創造活動を担う一員になる。

大変だけどちゃんと自分の仕事を果たせば、こんなに美しい未来が待ってるんだよって教えてくれている。

ちょっとよってって珈琲飲んでかない?

みたいなライブにしたいと思っております。

お待ちしております。

今日の一曲
家路 ドヴォルザーク

2007年11月07日(水) 一年
ベックさんが逝かれてから、1年が過ぎました。

2006,11月10日の日記。

一年中思い出した時なんかに気軽に話しかけてるもので、特に命日とか気にしていなかったら、過ぎてしまいました。

10月28日。

その日僕は、大分の街の中で歌を歌っていた。何にも知らずに。そしてその夜からの3日間は、時間の流れの順序だった序列の埒外にある。

昔なのか、最近なのか、その間なのか、よくわからない。

ただ、約束事としてのカレンダーの日付でいくと、一年経ったんだとやっとわかる。

ことしの10月28日は、月に一度の銀座、有楽町、上野での、ホームレスの人たちへの支援をやっていた。

昼から、夜中にかけて、手分けしておにぎり作って、古着分けて、薬分けて、車で走り回っていたら、その日が終わってしまった。

そこでは、一日のうち数回祈る。

キリスト教にも、イスラム教にも、仏教にも、ヒンズー教にも新宗教にも新々宗教にもいかなる既成の組織宗教にも則らない、何の儀式めいた所作も祭壇も教祖もない、素朴で飾り気のない真摯な祈りを。自然法則としての神と、霊に対して。様々な人種の人が。

それは、きっと古代の人たちが、普通にやっていた事なのだろう。初めてその祈りに触れた時、僕はすごく懐かしかった。なぜだかわからないけど。

そこで、ふとベックさんの事を思い出して、「ベックさん、ご家族をお願いしますね」って話していた。

命日だって事も、忘れて。

去年の日記に、僕は一滴の涙も流さなかった、と書いていますが、実はこっそり一度だけ泣きました。ホテルの部屋で。

でも、それはベックさんの死そのものを嘆いてではありませんでした。

ベックさんが肉体を失っただけで、こうなった今も全く変わらずに個性を伴って生きているんだという事を、悲しむ人たちに、それを和らげる形で説得力を持って伝えられない自分の無力さがくやしかったからです。

お前が手に入れた知識は何の役にも立たないじゃないか、この現実に対して。

と自分から言われているようでした。

でも、だからこそ、ライブを成功させようと強く思いました。そこからは一度も泣きませんでした。

歌で、それを伝えなかったら、もう僕にはなす術がなくなっちゃうからです。

あのときみんなで歌った風の呼び声は、多分ベックさんの存在をみんなで分かち合った瞬間だったんじゃないかなって思ってます。みんなが無意識のうちに。

ベックさんあの性格なんで、今も色々飛び回って大忙しだと思います。

去年と同じ締めになっちゃいますが。

ベックさん、来年もよろしくお願いしますね。

今日の一曲
風の呼び声

2007年11月09日(金) 23回目
第二十三回、定例ライブイン恵比寿スウィッチ。無事に終了しました。

いつもながら、参加していただいた方々に心から感謝致します。

アンケートにも色んな事を書いてくれてありがとう。いつもいつも全部読んでます。

うれしいのは、よかったって書いてくれる曲がいい感じにバラけてるってこと。

集中すんのもうれしいんだろうけど、でも、やっぱり我が子供たちは全部かわいいからね。

平等に愛されてるというのは幸せな事です。

取説の歌。って言う新曲やりました。

よかった、受けて。真面目に聴かれたらどうしようと、内心不安でした。なんかきっと感動的な結びが待ってるに違いないとか、変に期待されたまま終わっちゃったりしたら、目も当てらんない。

でも、かわいい。あの曲も。「♪施錠す〜ることがあ」のところの旋律がたまらない。

来てない人には何のことだかわからない。内緒。

でも、味を占めてやります。そこここで。是非お越しを。

カバーした曲の中に、「嘲笑」って言う曲がありました。

これ、北野武作詞、玉置浩二作曲です。

すんごくいい曲です。たけしさんが歌ってんのはCDになってんのかな?

You Tubeの玉置さんの歌がいい。嘲笑って入れて見て下さい。

次回は、来年か?

また、意外な企画で迫りたいと思います。

お楽しみに。

今日の一曲
見上げてごらん夜の星を  坂本九

2007年11月12日(月) 35年
先日、石川さゆりさんの35周年記念リサイタル、石川さゆり音楽会に行ってきました。

多くの関係者の人波の中、大きな花束を持ってぽつんと独りで並んで。

青山劇場でした。

大人な雰囲気の客席がブザーとともに静まり返り、音楽とともに緞帳が上がると、オープニングは「津軽海峡冬景色」。

無駄のない美しいメロディーだなあ。これ、三木たかしさんのメロ先だったって言ってたなあさゆりさん。

このシンプルなメロディーに、あれだけの風景と物語を感じさせる詩を込めるっていうのも奇跡に近い。考えて出来る事じゃない。考えられたんでしょうけど、阿久悠さん。

前半は、日本を石川さゆりさんの歌で巡る歌紀行。

北海道から沖縄まで、びっしりとくまなくある。曲が。日本の風土を歌い続けて35年。自然に降り積もってこれだけの数になったんだろう、すごいなあ。

北海道から始まって、どんどん地図を見ながら南下してゆく。九州の南西の奄美諸島の上に、「朝花」と書いてあった。

ここで歌われると思っていたら、歌われなかった。

休憩中に、パンフレットを見る。

・・・最後だ。名立たる名曲を尻目に一番最後に“朝花”と書いてある。

客席に座ってんのに緊張して来た。なんで俺が緊張しなくちゃいけないんだ。

学芸会で、我が子の出番を待つ親の心境がよくわかった気がした。大丈夫かあ、あいつ・・・。みたいな

その日、僕が一番驚き、同時に感銘を受けたのは、第2部の歌芝居「飢餓海峡」だった。

水上勉さん書き下ろしの脚本を、石川さゆりさんが一人芝居で演じていく。

あまりこういった類いのものを見た事がなかった僕は、歌に、装飾程度のお芝居がついたものだろうぐらいに思っていた。演出として。

全然違っていた。

それは、一人の名優によって創り出された一つの芸術作品だった。

石川さゆりさんが、全てのセリフをを津軽弁で語ってゆく。演劇一筋でやって来た人かと思わせるようなあり得ないぐらいの演技力。目の前に津軽の厳しい冬の海が広がる。何で?この人歌手じゃなかったっけ?

他人の貼付ける肩書きというレッテルが、いかに意味をなさないかを思い知った瞬間だった。

すべては、表現者という一言に集約されていた。何かを伝えるために生まれて来たんだなあこの人はと、お世辞でもなんでもなくそう思った。

そして、アコースティックな編成のアンプラグドを織り込んだ後半のステージにさしかかり、ラストの天城越えが壮大に終わり、幕が閉じる。

また緊張してきた。ステージに立ってる方がよっぽど楽だ。

割と早くアンコールに応える幕があき、そこにぽつんとさゆりさんが立っていた。

「今の私の心境です。」と言って、聞き覚えのある朝花のイントロが流れ始めた。

一番二番と歌われて、間奏を挟み、三番の「瞬きの間に過ぎていった この生を悔やむ・・・」からは、声にならなかった。

その日は、招待日で、さゆりさんが今まで関わって来た人たちが多く見えられていた。歌手としての自分を育ててくれた人が10年ぶりに見に来てくれたともおっしゃってた。

きっと、35年間のシーンが駆け巡られたんだと思う。

打ち上げでお会いしたとき、「ごめん!!」と言われましたが、僕は逆にうれしかった。この道35年の大歌手石川さゆりが、僕の曲で泣いてくれたのが。その日のステージでそんな場面は一度もなかった。

ジャンル分けは意味がないけれど、石川さゆりさんが歌ってこられた演歌と呼ばれているような世界は、歌の世界の主人公になりきって演じることで、人々を共感に導いていくものなんだと思う。歌芝居で僕が見たあれだけの演技に対する感性は、きっと歌の世界を毎回演じきって来た中で自然に培われていったのかも知れないとも思った。

その点この朝花って曲は、無防備なんですね。色んな意味で。歌の世界の主人公を演じるって言ったって、そんなに強烈なストーリーが隠れているわけでもない。女の情念を歌うわけでも、拭いきれない悲しみを歌うわけでもなく、つるんとしてにこにこしてる。

なので、石川さんが自分の気持ちとして自分の人生を重ね合わせて歌ってくれたのではないかと思うのです。僭越ながら。

作り手としてはうれしいことです。すごく。単なる僕の思い込みかもしれませんがね。

涙声のさゆりさんを応援する手拍子が、客席から巻き起こる。朝花で、手拍子聞いたのも初めてだった。

いや、ちがった。そうだ、朝花に手拍子は付きものだった。それは僕が聴いた奄美の朝花節に聞こえていた島の人たちの歌声と手拍子だった。

石川さゆりさんが、本当にこの曲の主人公になった瞬間だった。

今日の一曲
朝花 石川さゆり

2007年11月15日(木) 3回目
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明日から大分行って来ます。

16日はカンタループでの久々のライブと、18日は竹田の竹楽でのお寺山門ライブです。

今年寺2回目です。

竹楽は3回目です。また、姫だるま後藤さんにお世話になります。

おととしが寒かった。半端なく。ギターのアルベジオ弾く気温じゃなかった。

ストーブ3台でも寒かった。

去年は,それを思うと暖かかった。寒いけど,おととしほどじゃなかった。

今年は,気合い入っているらしい。寒さが。おととし並みだそうです。

凛として、きゅっ。とした空気を振るわせに行って来ます。2万本の竹灯籠に囲まれて。

来られる方,寒さ対策を充分に。

僕もなりふり構いません。ので。

よろしくねい。

P・S 私のブログも,もうすぐ佳境ですが、暫くお休みです。この機会におさらいしておこう!!へへへ。
http://foochan28.at.webry.info/

今日の一曲
犬のおまわりさん

2007年11月20日(火) 寒かったっす
大分の旅から帰って来ました。

16日のカンタループでのライブ、来てくれたたくさんの方々どうもありがとう。立ち見の方々、すいません、疲れたでしょ?

マーサはじめ,色んな人の協力で、すごくいいライブになりました。久しぶりで,たった一人で2時間近くやったので、ライブの山谷の感覚戻すのに時間がかかりました。初めて,ガット・ギター立って弾いたなあ。

またやりますね。

なか日を挟んで、18日の夜に,3回目の竹楽ライブでございました。

予想どおり、寒かった!!身を切るような冷気のなか,お客さんも出演者も震えながらのライブでございました。

年々,増えている。全国から集まってくるお客さんの数。

姫だるま後藤さんとこ目指して。

どうでしょうは、基本的に通り過ぎてゆく番組だから、あんな風に拠点に出来る場所があんまりない。

その中で、姫だるま工房は数少ないどうでしょうの留まれる聖地なんでしょう。後藤さんは大変ですけど。それを幸せな事と言ってのける人格があってのことですよ、みなさん。感謝せねば。

元々動かなくなって来てる右腕が、寒さでかじかんで自分の腕じゃないような感覚のなか、何とか,風の呼び声のスリーフィンガー乗り切った。「ごめん、ベックさん手伝って。」とお願いしてた。すいません.毎度毎度。

で,難敵1/6のストロークも、へろへろになりながらも、エンディングまでたどり着いた。

勢い余って,アニバーサリーソングまでやっちゃった。

いや、よくがんばった。我ながら。

お客さんも負けずにがんばった。ありがとう。

来年。

・・・でもやっぱやりたいな。どんなに寒くても。プチ荒行ですね。お清めの。

という事で,来年もお待ちしております。

P.S 地元のユニット「一番搾り」と、3曲も一緒にやりました。直前リハのみで、楽しかったね.いいハーモニーをありがとう。がんばってね。

今日の一曲
なごり雪

2007年11月26日(月)
旧姓蓑毛君のクラスの皆さん、こんにちは。僕は樋口了一といいます。

先生とは高校時代の同級生です。

クラスで、僕の話が出たそうですね、ありがとうございます。

「夢」。というテーマだったということですが、皆さんには、何か夢がありますか?

すぐに、答えられる人もいれば、うーんと考え込んじゃう人もいると思います。

僕は、中学生の時に将来音楽をやっていこうと決めました。

楽器も何も弾けなくて、音符も何も読めなくて、誰かから歌を歌っているのを褒められたわけでもないのにです。

でも、決めちゃったんです。その時に。理屈じゃありません。

ただ、やりたいって思ったんです。

それまでは、作文がうまいっていわれたから、新聞記者になろうか、とか、弁護士になろうかとか、思っていました。

ちゃんと理由がありました。

でも、理由がないことの方が、理由があることの方に勝っちゃいました。

理由はあってもなくてもいいんだと思います。

なんか、得意な事があって、それが理由で将来それを生かした事がやりたいっていう人もいると思います。

反対に、別に得意な事もなくて、やりたい事がわからないっていう人もたくさんいると思います。

やりたい事をがんばって探して見つけなきゃ、ってあせっている人もいるかもしれません。

人よりうまくできる事があって、そしてそれで、人から褒めてもらいたい、認めてもらいたいっていう気持ちって、大事だし、夢を実現するための大きなエネルギーになると思います。

けど、それだけだと、つらくなっちゃいます。僕はそうでした。人よりうまくできる事が何なのかまだわかんないって人は、なおさらそうだと思います。

それは、自分がこうなりたい、こうされたい、っていう気持ちばかりが先に立つからなんだと思います。

そうすると、何でこうなれないんだ、こうしてもらえないんだ、って思うようになります。

すると、いつの間にか夢はつらいものになっちゃいます。

そこに気がつくのに、僕は長い時間がかかりました。つらかったです。

もしそう言う気持ちになっちゃってる人がいたら、こう考えてみて下さい。

自分は、自分以外の人に何をしてあげられるだろうって。

自分がこうなりたい、だけじゃなくて、人にこんな事をしてあげたいっていうところから夢を考えてみて下さい。

今、すでに夢がある人は、その夢がもっと大きなものになると思います。

得意な事がなくて、困ってるって人には、きっと夢を見つけるヒントになるんじゃないかって思います。

得意な事なんかなくたって、人は、自分以外の人に対して、必ず何かをしてあげることができます。それは、必ず見つかります。絶対です。保証します。

そして、自分が誰かの役に立ってるって思えたとき、それは、その人にとって大きな夢になります。何でもいいんです。その夢には終わりがありません。ずっと続いていきます。つらい事も不思議に耐えていけます。

僕は、自分が作る音楽でそれを聞いてくれた人が、元気になってくれたり、励まされたりしてくれるのが一番うれしいし、それが実現できれば、自分がこうなりたいっていうのは、だんだんどうでもよくなりました。

自分は、神様の道具でいいんだって思えるっていうのは、すごく楽で、安らげる事です。そしてがんばれます。

もちろん、僕だってまだまだです。不完全な道具です。

僕はこういう風に考えられるようになるまで、すごく遠回りをしました。なので、皆さんが夢というものを考える時、そんな遠回りを少し短くする役に立つんじゃないかって思って、こんな事を思いました。

自分は、自分以外の人に何をしてあげられるだろう。

これを忘れなければ、きっと大丈夫です。

がんばってください。

                    樋口了一
業務連絡。せいせいこう関係者へ。きべがたおれた。心配無用。現在順調に回復中。メールは読めます。お見舞いを。

ブログ、再開しました。またよろしくです。
http://foochan28.at.webry.info/

今日の一曲
Everybody has a dream Billy Joel

2007年11月30日(金) A smile from God
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この日記にも、たびたび登場している、僕が通っているスピリティズムのセントロの代表者の角さんとこに来た、いい写真を載せます。クリックで拡大。

回って来た人もいるかな?

タイトルは、『A smile from God」

合成じゃないかって?

知りません。

仮に合成だとしても、それをその人に作らせたインスピレーションは 贈り物ではありませんか?

以上。自分の中での対話。

本物だと思うけどね。

こんな事って、いっぱい起きてんでしょうね。身の回りで。

楽しいですね。そう思うと。

今日の一曲
朝陽の中で微笑んで 荒井由美

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