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2007年10月04日(木) 歯と夢
You Tube で、ビートルズの映像を見ていた。

次から次にあれもこれもとやってたら、3時間ぐらいあっという間。
僕に、人生を変える体験をさせてくれた、中学一年の時の「HELP」「A hard days night」「Let it be」三本の映画。

あの時の、全身の血がそっくり入れ替わるような体験は、忘れようとしても忘れられない。

1976年。もう既にビートルズはいなかった。

それから、発掘調査に情熱を燃やす考古学者のように、ビートルズのレコードを買い漁った・・・といいたいけれど、お金の都合で、なかなか買えない分は、エアーチェックしまくった。

そして、楽器も何にも弾けない中学生の僕の夢が将来ミュージシャンになることに決まった。

それまでは、弁護士だった。その前は新聞記者だった。夢の形がだんだん現実離れしていった。普通と逆だ。

それで、それまでの価値観が一変して、勉強も何もほっぽり出してギターを買って、ガーンとっていう風には。

いかない。

僕が思うにそんなのはちょっと現実的じゃない。性格かも知れない。

言ってみれば、自分の心の中に、ポッと小さな小さな火がともったような感じ。

誰にもわからない程ほのかで、かすかなその火は、何年もかけて少しづつ少しづつ自分の中で大きくなる。

そして、気がついた時には自分の全てが更新されている。それ以外のことが考えられないくらいに。

自分が抱いてる夢や、信じていることを、どれだけリアルに描けるか、それはそのことがどれだけ自分にとって「切実」であるかにかかっている。そしてその切実さをどれだけ理性的にとらえ実践できるか。

夢や、理想って、とりあえず目の前の日常生活にあんまり関係ない。考えない方が楽ってとこもある。日本ぐらい豊かだと。

歯が痛い。これは切実だ。生活にもろに影響する。仕事が手につかない。何にも考えられない。どうしようもない。

歯医者は大っ嫌いだけど、行かなきゃこの痛みは取れない。どの病院にしようか考える。行きつけの病院なんてないし、ネットで調べてみる。どこもおんなじ様に見える。いいことしか書いてない。当たり前か、「うちは痛いですよ」なんて書く病院なんてあるわけない。友達に電話して聞いてみる。すると、今通っているところがいいと教えてくれた。家からも割と近い。電話してすぐ行ってみよう。イテテテて。

必死で行動しますよね。やっぱ。

この歯の痛みと同じくらい切実に自分の夢を感じられるかどうか。その人が自分の信念に対してどれくらい行動できるかどうかはそこにかかってる。

僕にとって、中学一年の時に灯ったミュージシャンへの夢は、歯の痛みと同じぐらい切実だった。次元や種類は違えど、切実さそのものにおいては、同じだった。

その夢を何にもしないで放っておくということは、歯が痛いのに何にもしないで我慢するっていうことと同じくらい苦しいものだった。

んで、病院を探し、電話して予約を入れるように、ギターを手に入れ、バンドを組んで、曲を作った。毎日毎日毎日毎日。

気がついたら、今に至っている。

よく人から、夢をあきらめずにがんばって偉いとかいわれることがあるんですけど。ちょっと違うかも自分の中の実情と。

僕としては、ただ、痛かったから、苦しかったから、そこから逃れようとしてもがいてきただけじゃないかって気がする。

それだけフィジカルに感じる痛みと同じ程に、切実だったんです。今思うと。切実さは夢を現実の行動へと駆り立てる原動力。

ビートルズが灯してくれた、痛い、切実な夢。その音楽の全てが、ロンドンのアビーロードスタジオで作りだされた。

僕にとって、ビートルズ体験と同じくらいに人生観を変えた切実なことが、このアビーロードスタジオのすぐ近くで、ビートルズがまさにその音楽を作り出していた同じ時代に巻き起こっていた。

ことを、最近知った。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/sp_newsletter/spnl_backnumber/spnl-18/spnl-18-4.htm

これは、前にもお伝えした、心の道場さんのニューズレターの記事ですが、「シルバー・バーチの霊訓」を、60年に渡ってこの世に伝え続けたモーリス・バーバネルが他界する1981年まで住んでいたアパートです。

記事を読めば、アビーロードスタジオがすぐ近くだと書いてある。

1920年、当初、霊媒のモーリス・バーバネル自身は、この霊言を公表する意志はなく、友人数人の間でのプライベートな交霊会にとどめていた。その交霊会の出席者だったハンネン・スワッハーという大物ジャーナリストが、霊言の内容の重大さに気がつき、バーバネルに公表を強く勧めたことで、バーバネルが主催する新聞に連載されるようになり、その結果、近藤千雄さんの訳により日本に紹介されて、私たちが知るところとなったわけですが。

公表するしないを巡っては、バーバネルとスワッハーの間で、激しい口論にもなったらしい。

フリート街という新聞社が軒を連ねるストリートがロンドンにはあるらしいんですが、ハンネン・スワッハーという人は、「フリート街の法王」という異名を持つ反骨のジャーナリストだったそうです。

その人となりを本で読んだりして、僕は勝手に田原総一郎さんみたいな人物を想像している。

霊言が公表されるようになってからは、交霊会の場所をスワッハーの自宅に移し「ハンネン・スワッハー・ホームサークル」という名前で毎週一回金曜日の夜に行われるようになった。

そして、スワッハーが他界してからは、場所をバーバネルの自宅に戻し、バーバネルが他界する1981年までそこで続けられました。

スワッハーがこの世を去ったのが1962年。同じ年の10月5日、ビートルズは『Love me do」でレコードデビューした。そこから、「アビーロード」のレコーディングが終了する1969年までの8年間、ビートルズの創作活動と、シルバーバーチのバーバネルの体を借りての通信がほぼ同じ場所でなされていたことになる。

Let it beのMother Maryとは?ポールに、インスピレーションがシャワーのように降り注いでいた時代。
http://www.tamano.or.jp/usr/osaka/pages/b-data/theme10.htm

自分の人生を変えてしまうような切実な出来事ってそうないですよね。

僕も滅多にない。で、その滅多にない2つの出来事が、地球上のこんなに限られた場所で同じ時期に起きていた。

不思議で歯が痛くなりそうだ。

今日の一講演
「信ずることと考えること」小林秀雄講演集
絶対おすすめ!!うれしーもお気に入り

2007年10月09日(火) 無題
 前回に軽くつづく。

僕らの仕事は、自分の内面をさらけ出す仕事だ。

全部じゃないけどね。そんなことしたら・・・・たいへんだ。

でも、自分の心を占める最も大きなものから目をそらしていたら仕事になんない。表現者としての資格がない。

デビューしてこのかた、自分では結構器用に色んなタイプの曲を作れている気になっていたけど、結局、その時々の自分のプライベートにとって最も関心のあることしか書けてないことに気づいた。色々装ってはいますけどね。

私小説。死語だね。

で、今まで曲を作って来て、ていうか生きて来て、ずっと一貫して心の中の最大関心事でありつづけているものが、

「生きることと死ぬこと」。

人間の全ての思索は突き詰めていけば、これに集約されるといってしまえばそれまでですが。

小説、自然科学の本、宇宙物理学のアウトラインを解説してる本、精神分析学の本、哲学について書かれた本、などから抜粋した生と死にまつわる琴線に触れた文章が、今までずっとつけて来た創作ノートの名を借りた雑記帳にびっしり書き移されている。

そうして、自分なりの死生観を確立しようと躍起になっていたフシがある。

自分が終わるっていう埋めようのない得体の知れない穴ボコに言葉の山を放り込んで、跳ね返ってくる音が聞こえた気になって理解の片鱗を掴もうともがいていた。際限なく。

今、自分が終わるって書いたけど、その頃の僕にとっての死は、やはりどんな形而上学的なエクスキューズをしようとも、それが自己の終焉を意味することは明白だった。

それは、とてつもなく恐ろしいことだった。子供の頃に親から脅されて想像してた、暗ーいお墓の穴の底に(何故かすごく深い)閉じ込められて、まんじりともできずに永遠に居なきゃなんない恐怖。閉じ込められて恐怖を感じてるっていう時点で自分は終わっていないという子供らしい矛盾、でもどんなに偉い哲学者でさえもこの矛盾から自由にはなれない。

自分の終わりを「分かる」、って試みが既にねえ・・・せいぜいがとこ、死ぬのは自分だけじゃない、死を免れた人間は一人も居ないっていう種類のマクロな横並び的視点からの慰めか、仏教的、哲学的な悟りへの道を模索するかのミクロ的視点に大別される。

で、その恐怖故に、僕は「死」というものをはっきりさせたかったのです。分からないながらもとにかく白黒はっきりと。

大げさにいうと、死をはっきりさせないことには、どう生きるかってことがどうにも定まんなかったんです。

はっきりさせるっていう意味において、現代科学の提示する「科学的死生観」は当時の僕にとってすごく頼りがいのあるものに思えた。要は、意識とは脳という中枢が作り出す脳内現象で、死んで肉体が瓦解すれば当然「自己」と言う「物語」も消えてなくなるという脳科学を中心とした考え方。

脳が自分って・・・なんてはっきりしてんだろう。養老孟司の「唯脳論」と、岸田秀の「ものぐさ精神分析」がバイブルだった。

「よく霊魂説を支持する人がその論拠とするところに、心は取り出せない目に見えないっていうのがあるが、じゃあ、血管から「循環」を取り出せるか?機能は取り出せない。心は脳の機能なのだ。」とかいう一刀両断な文章に出くわすと、

かっこいい。なんて清々しいんだろう。ってなかんじで心酔してた。不思議と、この科学的死生観に身を委ねることで、自分が消えてなくなるっていうことが、怖いことでもなんでもなく、むしろ、自分の体がきれいさっぱり元素に還元されてこの宇宙に還って行くという考えに甘美な安らぎさえ感じられるような気がした。

その反面、魂や、死後の世界や、輪廻転生や、前世などといったものを保証する宗教的な死生観は、何となく往生際が悪いというか、はっきりさせたいっていう僕の要求に応えるにはあまりにも頼りなげに見えた。科学的な実験による検証ができないし、なにより人間だけを特別扱いにしたすごく身勝手な思想のように感じられた。

魔女裁判、十字軍など、中世の暗黒時代の発端となっている、キリスト教的世界観によって蔓延したドグマによる迷妄状態という悪玉と、それに果敢に立ち向かい、人間の持つ理性によって迷信の霧を払い、真理への理解へと我々を誘う善玉としての科学。

僕の頭の中には、科学と宗教の間のこのような勧善懲悪物語がでんと居座っていた。

150億光年もの広がりを持つこの宇宙で、砂粒以下の大きさの地球という惑星の、人類という種にだけ魂が与えられているとかいないとか、どうでもいいようなちっぽけな狭苦しい考えだと思った。この地上が霊の修行の場?そんなことのために犠牲にされた他の動物たちにとってみればたまったもんじゃない。人間さえ現れてこなければ、この地上は汚染されることもなく、破壊されることもなく、いまでも、平和で冷徹な自然界の営みが繰り返されていたはずなのに。人間の出現によってどれだけの種が絶滅した?それを言うに事欠いて魂の修行の場だって、なんて無反省な考えだろう。進化の突然変異で、急速に増えて、地球の各地に瞬く間に広がり、みるみる環境を破壊していくところなんて、まるで体内で細胞のコピーミスから発生して体中に転移するガン細胞そのものじゃないか。

と、思っていた。

破壊した張本人は、自分の信奉する科学のもたらした文明だということも忘れて。

今日の一曲
Live & Let Die wings

2007年10月10日(水) 無題2
そういう風にはっきりと考えたのが、30歳になる正月だった。よし、決めた。とりあえず、霊だの何だのといったオカルト的な世界は、いっさい否定する立場を取ろう。人間は、というか全ての生命は死とともに完全に消滅し、物質としてこの宇宙に還元されていく。そしてそれを材料にまた新たな生命が作り出されてくる。人間の意識や、社会を成り立たせている、倫理観、道徳心、宗教心、愛、希望、喜び、悲しみ、憎しみ、怒り、その他全ての人間的情感は、本能の壊れた人間だけに必要な本能の代替物で、言ってみればそれらは全て、人間の作り出した幻想にすぎない。

しかしそれと同時に、人間は、この世界の成り立ちについて、まだ何も知らないのと同じだという考えも持っていた。言葉という不完全なツールを使ってひも解ける世界はたかが知れている。宇宙の始まりの前の前の前の前の・・・・・とか言った日にゃあ論理の詰み上げで何とかなるとはとてもじゃないけど思えない。物質のミクロの領域の、量子的な世界を見ると、5感の檻に閉じ込められた人間の客観的観察という自己矛盾をあざ笑うかのような世界を提示している。観察してない時は波で、観察した瞬間のみ粒子として位置が決まる・・・????ふかくていなさいころあそび。シュレディンガーの猫ひろし。人間の思念が対象に影響を与える世界。それもどこか特別の世界の話じゃなくて、僕らの体や、机や、椅子や、コーヒーカップや、パソコンなんかを形作ってるごくありふれた物質世界の話だ。固くて実感があり、揺るぎないと感じているものが、単なるバイブレーションに過ぎないかもしれないんだ。

でも、それらの摩訶不思議な現象と、いわゆるオカルト的な世界を結びつけて考えようとは全く思わなかった。そこにステレオタイプで安易な心身二元論なんかを持って来たら、行き詰まりの果ての思考停止の言い訳だ、そうなったら負けだと思っていた。別に自分が物理学の最先端を走っているわけでもないのに、そう力んでいた。

ああ、書いてたらなんかその頃の意気揚々な気分が憑衣して来た。落ち着こう。アル・パチーノが「スカーフェイス」で麻薬に溺れるマフィアの役やって本当にぼろぼろになって立ち直るのに何年も掛かったって話。ちょっと分かる。

全てが幻想だっていう考えは、ともすれば、もう死んじゃってもどうでもいいやっていう虚無主義へと堕する恐れをはらんでいる。処方を間違えたり、使用方法への理解が浅かったりすると、そっちに行ってしまう劇薬でもある。

幸い僕は、それとは逆の考えを持てた。

幻想だからこそ、僕らは何者にも縛られず完全に自由なのだから、真っ白なキャンバスを与えられているのだから、そこに、自分のできる限りの美しい幻想を描こうと思った。

そして、自分の描いた幻想に感動してくれる人が一人でもいたなら、それがその人の描く幻想へと受け継がれ、それが永遠に繰り返されることが、本当の意味の生命の永遠だと。

もちろん描く幻想は、芸術作品に限ったことじゃなく、その人の生き様そのものであっていいわけで、目立たず慎ましく生きる透き通った美しい幻想もあるだろうし、社会の不正と戦って生きる真っ赤な情熱的な幻想もあるだろう。もちろん、真っ黒に塗りつぶされた暗黒の幻想も。

それら全てにそれぞれ価値があり、優劣は付けられない。どんな絵を描くかは、完全にその人の自由意志と、自己責任にゆだねられる。だからこそ美しくありたいと。

30代に作った曲の全ての底流にはこんな考えがあった。「GOGH」「エレンディラ」「桜Street」「Please be my love」「1/6の夢旅人」。「朝花」でさえも。30才のときに打ち立てた、死生観に照らして書いた。

世界中を僕らの涙で埋め尽くして、それでも笑っていたいと思う希望は、幻想であるが故に持てるんだ。僕らが宇宙のチリとなってしまうまでのほんの一瞬の出来事だからこそ、なおさらそう生きたいと強く思えるんだ。

不思議だ、今の僕は全く正反対の死生観を持っているのに、今まで書いて来たことにあまり違和感を感じない。・・・何故だろう。

北風と太陽という話がありますね。お互いに、自分のやり方こそが旅人のコートを脱がせるための最良の手段だと思っている。寒い北風と熱い太陽という正反対の手段だけれど、旅人の服を脱がせたいという目的と情熱においてはおんなじだ。

きっとあの頃の僕は一生懸命北風を吹かせていたんだと思う。「人生の全ては幻想だ、僕らは肉体の崩壊とともに消滅するんだ、だから今を一生懸命美しく生きろ。」という厳しく凍える北風を吹かせることで、人生で直面する困難という重いコートを吹き飛ばそうとしていたんだと思う。そしてそれは、全く違う考え方をするようになった今と、前向きであろうとする生き方に対する姿勢そのものに関しては同じだった。

じゃなきゃ歌えない。これら全ての曲を。

ただ、今はもう北風じゃなくて、太陽のような気持ちでしか歌えませんけどね。

僕らは永遠に続いてゆく。たとえ世界中を涙で埋め尽くす時があったとしても、それは永遠の道のりの中の、ほんの一時のエピソードに過ぎない。目の前の困難から目をそらさず、自らを向上させる試練だと思って受け入れよう。そんな気持ちになれた時、南風のような笑顔はどこからか自然にやってくる。そして、苦しみという重いコートはいつしか消えて無くなっているだろう。

今日の一曲
Let it be

2007年10月11日(木) 無題3
全ては幻想という僕の死生観は、その後、30代を通じてますます強固になっていった。

僕のそのような考えを援護射撃してくれる自然科学系の本に不足することはなかったし、人生の諸問題にも、何ら矛盾無く当てはめて考えることができた。前向きだったし、僕なりに。

オカルトの世界は、はっきり言って眼中になかった。勝手にやってればって思っていた。

ただ、いつでも、完膚なきまでに完ペキな証拠が提出されて、それで完全に納得したら、いさぎよく受け入れようとは思っていた。

自分で、はっきりと目撃するとかね。触らせてくれるとか、話をさせてくれるとか。

そう言うこともあって、当時の僕は、キャンペーンなんかで、「ここは、出るらしいよ」なんてホテルに泊まることになったりしたら、それはもう興味津々で、部屋に掛かってる絵の額縁の裏めくって、お札がついてないかなとか、一人で部屋にいて、出て来てくれたら何を聞こうかと考えたり、とりあえず、まず触らせて欲しいなと、真剣に思っていた。

バカでしょ。

でも、いっこうに出て来てくれる気配もない。見たいのに。僕の考えを根底から覆すような出来事に出会うこともないまま時は過ぎた。

全ては幻想、だから精一杯美しく。という当時の僕の考え方は、裏を返せば、美しい幻想を描くために、自分の自由は何よりも大事で、誰にも邪魔されてはならないものだった。

よく、町中で見かける、家族に囲まれて、自分の時間を犠牲にさせられているサラリーマンの人とか見ると、ああ、かわいそうだなあ、俺には絶対できないな、やりたいとも思わないしな、だって残された時間は限られているんだよ、そんなことやってる暇なんてないよ。って思っていた。

理不尽な不幸に突然襲われたりすることを、とても恐れた。だって、同じ幻想なら、よりいいものでなければならないのに、不幸なんかで台なしにされてたまるもんか、と。

世界中で巻き起こる暴力や貧困と言った避けようの無い不幸にさらされている人たちを見て、そういう自分の考え故に、かわいそうだなと思った。戦争という、人々の幻想を描く自由を奪うという行為に対して許せない怒りを覚えた。

でも、最終的には、死が全てを解決してくれる。消滅という「救い」が、全ての人たちの上に分け隔てなく訪れる。不幸な思いをした人であればあるほどそれは、「神」なるものが与えてくれる大いなる安らぎだと思っていた。どっちにしたって、ちょっとの間の我慢だよと。

僕のこの考え方は、そういった、不運に見舞われた人たちが追いつめられた結果自ら選ぶ「死」というものに対して無力だった。ちょっとの間の我慢をしきれなかった人たちに対して、それは間違いだと指摘する理屈が無かった。だって何をしようと自由なんだから。全部。

ただ、僕は自殺という行為に対して、昔からある特別な強い観念があった。「自殺は、イジェクトボタンではなくて、ポーズボタンだよ。」このキャッチコピーのような言葉は、何時からか僕の頭の中に鳴り響いていた。

カセットデッキなんかについていた、イジェクトボタン。テープを取り出す時に押すと、ガチャンと出てくる。ポーズボタンは、一時停止ボタン。テープの進行を一時的に止める。が、ストップではない。あくまでそこにオン状態のままとどまるボタン。

要するに、自殺という行為は、苦しみからの解放ではなくて、苦しい状態のままの、一時停止、永い間の停滞状態を招く行為だ、自分が望んだ結果と全く逆の結果が待ち受けている、という観念だった。

これは、当時僕が信じていた死は消滅だとする科学的死生観と明らかに矛盾していた。でも、この観念だけは何故か拭い去ることができなかった。説明不可能のまま。

ここ2年ばかりで読んだ、様々なスピリットからのメッセージで、自殺という行為に関して全ての霊が異口同音に言うことが、この僕の強迫観念といえるような考えと、ぴったり一致していた。

インスピレーションを得ていたのだと思う。

誰でもあると思うけど、若気の至りで、「自死」というものが頭をよぎることが僕にもあった。もういいや、死んじまおうかなあって。

でも、そんな時、僕がその考えにのめり込んでいくのを止めてくれたのが、この「自殺は、イジェクトボタンではなくて、ポーズボタンだよ。」というどこからともなく響いてくる言葉だった。

でも、それが見えない世界からのインスピレーションだなどとは考えることもなく、死に対する本能的な恐怖が作り出す想念だろぐらいに思っていた。

今振り返ると、確かに前向きではあったけれども、30代の僕は、教条主義的で堅苦しいというか、どこか無理のあるぎこちない個人主義者だった。

自分の自由という財産の守銭奴になってたんじゃないかって気がする。「クリスマスキャロル」のスクルージじいさんみたいに。

常識的な付き合いはするけど、他者は、基本的に自分の自由を脅かす恐れのある存在だと心のどっかで思っていた。

そんな、自分の心の底を見透かされるのが怖くて、人に対して優しく振る舞っていたような気もする。

言い過ぎか。ちょっと。そんなにひどくはないか。でもそんなとこあったと思うな。うん。

その頃僕が考えていた「自由」って、誰にも邪魔されず、好きな時に好きなことが思う存分にできるってことだった。

ただ、現実的にこんなことできるわけがない。なので、常に苛立ってる。自由のパイを確保しようと躍起になってる。

気がついたら、ちっとも自由じゃない。幸せじゃない。針ネズミのジレンマ。誰かとつながりたいのに、自分のとげが妨げになって近づけない。

「ひび割れた自由を守り続けて二人神様の帰りを待ってた ここからは一人で歩いていこう背中の羽を降ろして」

二度目のありがとうのこの歌詞はこんな気持ちで書いた。

本当の自由って、自分の自由を守ることをやめたところから始まる。

自分というものにこだわることをやめたところから始まる。

自分以外の人のために生きようと思ったところから始まる。

結局、僕が忌み嫌っていた、家族に囲まれ、自分の時間を犠牲にしていたサラリーマンが、あの頃の僕よりも何倍も何倍も自由だったってこと。

このパラドックスを実感するのは、もっと後だったですけど。

今日の一曲
FIRE & WATER FREE

2007年10月13日(土) 無題4
それでもまだまだ頑な唯物論者だった僕に、30代の終わり頃、内藤のボディブロウのように、ぐらっと効いた本があった。

「科学の終焉」という本。

ジョン・ホーガンという科学ジャーナリストの書いた本。

筒井康隆監修ってとこに惹かれて、古本屋で買った。

20世紀の数々の偉大な発見以来、細かく細かく細分化されてしまった科学の各分野の最先端を行く著名な科学者たちの混乱と、苛立ちと、開き直りと、根拠のない自信と、あきらめが、そのインタビューを通して浮き彫りにされている。著者の主観によって多分に面白おかしくトリミングされてはいるけど。

科学という方法では、真理へとたどり着くことは永遠にできない。んじゃないの?という、当たり前と言えば当たり前な投げかけ。

それだけならよかったのだけど、僕の死生観の拠り所であった、意識は、脳の産物であるという脳科学の前提が、こんなにも頼りない仮説のもとに成り立っていたのかっていうのが、結構な衝撃だった。

心は目に見えないので研究しようがない→ 脳は物質だから研究できる→ 心と脳はとても関係がありそうに見える→ よって、脳を研究していけば心にたどり着けるにちがいない

世界の最先端を行く脳科学者たちの「心は脳の産物である」という仮説の根拠は、全くもってこれだけなんです。ほんとに。

ホテルはどこもいっぱいなので泊まれない→テントは車に積んである→テントはホテルと同じように泊まることができる→よって、ここをキャンプ地とする!!(水曜どうでしょう ヨーロッパリベンジより)

笑ったでしょ?この場面。脳科学の拠って立つ仮説の根拠も笑ってしまうぐらいに藤やんなんです。

もっと、信憑性のある、リアルで、可能性に満ちた検証済みの根拠があると勝手に思い込んでいたのは僕の科学への過度の信頼からくる誤解だった、とわかった。

複雑にはなってる、ものすごく。A.I(人工知能)の研究、量子二元論、ニューラルネット、ペンローズのマイクロチューブル仮説、クオリア理論・・・

でも、元をたどれば・・・・「ここをキャンプ地とする!!」。他に泊まるとこがないって理由だけしかない。

もちろん、心と脳は密接な関係がある。それは今でもそう思う。脳のある特定の部位が損傷したりすると、記憶をなくしたり、言葉を失ったり、性格ががらっと変わったりする。

でも、だからといって、心は脳の産物だって結論づけるのは、車が故障して操縦不能となって暴走しはじめたのは、運転手がおかしくなったからだ、だから運転手は車の産物だって言ってることに等しい。論理のレベルにおいては。

そうかも知れないって次元のことを、さももう証明されたことのように闇雲に信じていた。

これを、盲信という。盲信っていうのは宗教の専売特許じゃない。むしろ、僕らは理性的な皮をかぶった分野に対してほど盲信への警戒を緩めてしまうものだ。

「魂はどうやら、脳の中の一千億の神経細胞の関係性から生じる。しかし何故そんなことが可能なのか、近代科学の最高最良の成果を持ち寄っても、さっぱり見当がつかない。今日の世界の最高の知性を寄り集めても、だれにも正解への端緒さえも判らない。なぜ、単なる物質を、いくら複雑とはいえ、脳というシステムに組み上げると、そこに「魂」が生じてしまうのか、とんと見当がつかない。〜中略〜近代科学のやり方には、どこか根本的な欠陥がある。この「恐ろしい事実」に、脳科学者や、哲学や、認知科学にたずさわり、意識の問題を真剣に考えている人々は、もうとうの昔に気がついている。王様は裸だと判っている。判っていても、やめられない。客観的な物質のふるまいを予言する上では、近代科学のやり方ほど、役に立つ方法はないからである。」茂木健一郎著〜脳と仮想〜より

二足歩行のアシモくんや、コンピューターテクノロジーの目覚ましい発展なんかをマスコミを通じて見聞きするうちに、もう科学は、心の解明にあと一歩のところまで来ているか、少なくとも着実に前に進んでいると思ってませんか?

脳の機能の一部としての情報処理能力に関して言えば、確かにすごい。コンピューターはチェスだって人間に勝てる。

体の動きや、感覚を認知する脳の場所の特定などの対応関係を表す脳内地図もかなり細かく出来上がっている。

でも、「パイ食わねえかああ」っていう大泉君の一声に腹を抱えて笑ってしまう、僕らの切実な主観的な経験がどこからやってくるのかに関しては、仮説は無数にあるものの、解明の入り口にすら立てていない。全くもってお手上げ状態。

でも、だからって科学者は、霊魂説を真剣に考えたりはしない。そんなことするわけがない。プライドが許さない。自らのアイデンティティの崩壊につながる。人聞きが悪い。かっこわるい。男らしくない。やっぱデスメタル最高だよなあっていいながら、家でこっそりオフコース聴いて泣いてんのがばれちゃう・・・最後のは違うか・・・俺か、それは。

じゃあ、心は脳から独立して霊として存在するという事実を自明のこととするスピリチュアリズムは、どれほどの検証と、実証がなされたのか。それほどいうのなら。

って思うよね。僕もそう思ってたです。

僕のたどり着いた結論から言うと、なされています。と言うしかないです。少なくとも「ここをキャンプ地とする!!」と叫んだだけの現代科学より、もっともっと真摯で、懐疑的で、客観的で、冷静な態度でもって。

今日の一曲
〜見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部 でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう 〜
情熱の薔薇  ザ・ブルーハーツ


2007年10月16日(火) 無題5
クリスマスキャロルのスクルージは、偏狭で、打算的で、他人との交流を極端に嫌う利己主義者だった。

彼の心を入れ替えさせたのは、かつての仕事のパートナーだったマーレイの幽霊と、過去、現在、未来へ導く3人のクリスマスの幽霊の出現だった。

霊によるドラスティックな導きによって、快活で、善良な慈悲に満ちた人間になった。

特に最後の、未来の幽霊によって見せられた、自分の行く末が効いた。

このままでいくと、大変なことになっちまうよ、という未来からの戒めはかなり効くもんだ。

僕の母方の兄弟には、結構霊的に敏感な人がいる。

僕の祖父が他界する時、何度危篤になっても、「まだ大丈夫。」と言って病院にいかなかった叔父が、「昨日親父が家に来た。もう死ぬぞ。」と初めて病院にやって来た日に、祖父は旅立っていった。

2005年11月25日の日記。この叔父の兄弟。

僕には、たくさんのいとこがいる。そのいとこの一人が高校時代結構やんちゃで、親の家を飛び出して、一人暮らしをしていた。ある夜、寝ようとしていたら、部屋の隅に死んだ祖父が座っていた。

明治生まれの教育者だ。怒ると怖い。

すごい顔で、いとこを睨みつけていた。

次の日、いとこは荷物をたたんで、実家に戻った。その行動の迅速さに、いとこの恐怖がありありと伺える。うっすら見えたとか、ぼんやり感じたとかのレベルの話じゃない。それからしばらく部屋に引きこもって、本を読みまくっていた。今はおかげさまで、立派な医療技術者。

ご存知のように、脳の側頭葉のある部位を刺激すると、幻像が見えることがわかっている。ある被験者には既に他界した母親が見えたそうだ。

脳が見たって判断すれば、見えるのだ。なんでも。そこにないものでも。

科学者はそう主張する。一理ある。実験の結果検証されているのだから。しかしそうして見えたものが本当に幻かどうか証明する手段はない。肯定派否定派の終わらない議論の根がそこにある。

小林秀雄の「信ずることと考えること」を聴くと、ここら辺の問題がベルグソンの実話を例えに、実にうまく表現されている。

正しいか間違ってるかの統計をとることだけを重要視する科学者と、自分の切実な経験を何より大切にする人との比較を通じて。

この両者の溝は深く、永遠に埋まらないかのように思える。

小林秀雄は、アンリ・ベルグソンという、哲学者であり科学者でもあるこの人物を崇敬していた。

ベルグソンは、失語症患者の研究を重ねることで、「脳と心は平行していない」という結論に達した。

こういう頭のいい人の言うことはすごい。ハッとさせられる。この言葉、「自然は無駄を許さない」。

一方で、神経細胞の電気的発火という物的現象で表現され、もう一方で、それと全く随伴した「心」という表現があるという。なぜ二ついるんだ、と。一つでいいじゃないか、と。自然はそんな無駄を許しはない、と。

全く同じものの、完全に随伴した二つの表現。それを聴いた時、僕は「そんなのいっぱいあるじゃん」と思った。

車のエンジンの動きと、走るって言う現象・・・ちがう。コンピューターのCPUの電気的発火と、それによって表現される計算や画像・・・・これもちがう。これらは全て、原因と結果だ。随伴ではない。

それから一日考えた。結果一つも思い当たらなかった。もし思いついたと思った人、メールください。

僕らは、話したり、書いたりという表現をしなくても、ただ静かに目を閉じて何かを考えることができる。心は脳内現象だという科学の主張を採用すれば、この時シナプスの発火と、僕らの心の動きは完全に随伴していることになる。そしてそれは、この宇宙における神が許したたった一つの例外ということになる。

こんな傲慢な話はない。それは、昔僕が霊魂説を主張する人に対して抱いていた感情だった。

僕の友人に、教師がいる。ある時彼は飲み会の席上でこういった。「あのNECのコンピューター買ったらおまけでついてくる、「ノート型パソコン型ノート」って考えた奴すごいよなあ、他にそんなものあるかって考えたんだけど、ないんだよなあ」。

ノート型の、パソコン型の、ノート。一回行ってまた戻る無駄な感覚。

ない。確かに。じゃあ考え出そう。そこから、みんなで考えた。

僕が思いついたのは、ブーツ型ビヤグラス型ブーツ、バイオリンベース型バイオリン。

くだらないことに心血を注いだあの時の大学時代の友人たちとのやり取りの中に、「自然は無駄を許さない」と言ったベルグソンのテーゼが内包されていた。

わけないか。すんません。

今日の一曲
ひとりぼっちのあいつ ビートルズ
※うんちくシリーズ この曲の原題「nowhere man」は、どこにもいない男という意味。しかし、切る場所を変えると、「now here man」今ここにいる男という意味が隠されている。随伴してる。ジョン・・・恐るべし。この間の、シルバーバーチとビートルズの関係の話に絡めると、この曲のレコーディングが行われたのは、1965年の10月22日の金曜日の午後だ。歌入れは夜に行われた。シルバー・バーチの交霊会は、毎週金曜の夜に行われていた。シルバー・バーチが霊言を送ってるまさにその時に、すぐ隣でジョンが「どこにもいないけど、今ここにいる男」の歌を歌っているところを想像してしまった。考えすぎる男。


2007年10月17日(水) 無題6
「パーテル・ペッカビ」という言葉がある。

これはラテン語で、「神よ、私が間違っておりました。」という意味の懺悔の言葉。

今からおよそ150年前、この言葉はとある科学者の口から叫ばれた。

その人物の名前は、シャルル・リシェ。アナフィラキシー・ショックや、血清の研究で知られるフランスの生理学者。ノーベル生理学賞と医学賞を受賞した、アレルギー研究の父。

2007年7月24日の日記で紹介した、イギリスの世界的な物理学者「ウイリアム・クルックス」。彼が、心霊現象の研究に入ったと聞いたリシェは、「博士ともあろうお方が何ということを、博士は道を誤られた。」と言って嘆いたという。

その彼が、数年後、ユーサピア・パラディーノというイタリア人霊媒による驚異としか言いようのない心霊現象を目の当たりにして、思わず叫んだ言葉が「パーテル・ペッカビ!!」だった。

その後、リシェは、霊的世界を受け入れ、その研究に従事した。

「私は、事実という名の鉄槌に打ちのめされてしまった。」

これは、アルフレッド・ウォーレスというダーウィンと共に自然淘汰説を発表した博物学者の言葉。オカルトをはなから否定し、近寄ることすら拒否したダーウィンと逆に、その真偽を確かめようと現象の研究に入り、その結果、自ら誇りを持っていた唯物的懐疑論者としての立場を、どうしても放棄せざるを得ないほどのいくつもの事実に直面し、思わず漏れた言葉だ。

アメリカにJ.Wエドマンズという人物がいた。この人はニューヨーク州の最高裁判事だった。彼は当時騒ぎになっていた霊現象のペテンを暴くつもりで、2年2ヶ月に渡り、数百回の交霊会に出席し、その全てを常に懐疑的な視点から観察し、1600ページにも及ぶ克明な記録をとった。その記録の細かさは、本職の裁判記録にも劣らないものだったという。熟考の果てに、これらの現象を巻き起こしているものは、肉体を離れた知的な存在以外には考えられないという結論に達した彼は、義務感からその考えを「スピリット・マニフェステーションズ」と題して、ニューヨーク・トリビューン紙に発表した。その結果、各界から誹謗中傷が殺到し、彼は最高裁判事の職を辞し、その後弁護士として活躍した。

上記の人物以外にも多くの、科学者を始めとする知識層がスピリチュアリズムの真実性を認め、スピリティストとなった。

一部の名前を挙げると、オリバー・ロッジ(物理学者)、Dr.ジェームス・ガリー(英国外科学会会長)、A・デ・モーガン(数学者)フレデリック・マイヤース(古典学者)、W・バレット(物理学者)、アラン・カルデック(教育学者)、A.Jバルフォア(英国首相)、コナン・ドイル(作家)、マーク・トウェイン(作家)、ルイス・キャロル(作家)、アンリ・ベルグソン(哲学者)、Dr.J.ハドック(医学博士)、ロバート・ヘア(化学者)、ハーバート・メイヨー(生理学者)ジョン・エリオトソン(生理学者)、J・チャリス(天文学者)J・L・ロバートソン(精神科医)、カミール・フラマリオン(天文学者)・・・・

書ききれない。

これらの人たちは、何故信じたのだろうか?およそ100年前のヨーロッパに、オカルト・シンドロームとでもいうような集団ヒステリーが知識階級を直撃し、彼らは例外なく自らの客観的批判精神を麻痺させ、神秘主義へ転び、思考停止したまま死んで行ったのだろうか?

今、少しづつ訳しているクルックス博士の「Researches into the phenomena of supiritualism」。冒頭の宣言の、懐疑的な姿勢と、真偽を正すという並々ならぬ決意は、当たり前だけど僕なんかの比じゃない。科学者としての自信と誇りに満ちあふれている。神秘主義の入り込む隙など全くない。

彼らが、すべからくトリックに引っかかり、騙されていたということは考えられないだろうか?

クルックス博士は、4年間に渡り心霊現象を研究し、人間の死後存続を完全に認めた。そのほとんどが、自宅の書斎を実験の場所として行われた。実験対象の霊媒以外は、自分の信頼のおける学者数人だけを列席者として選び、その霊媒も、寝ているときでさえ、常に誰かの監視下におかれた。これも訳しながら感じたことだけど、科学者が本気になったときの実験の環境の追い込み方は半端じゃない。え?そんなことまで?と思うようなことまで細かくチェックされている。

そんな状況の中、クルックス博士と列席した科学者たちが4年に渡りずっと間断なく騙され続けたとするならば、その確率を考えると、僕はそれを理性的な考えだとは思わない。その他名前を挙げた科学者たちも、1600ページの記録を残したエドマンズ判事も、みんなが、例外なく霊媒一人の手によるペテンを見破ることができなかったと考えるなら、それをこそ超常現象と呼ぶべきじゃないか?

受け入れなかった科学者だってたくさんいたんじゃないのか?

もちろんたくさんいた。ただ、それらの人のほとんど全ては、霊的な現象を頭からトリックか錯覚だと決めつけ、現象に取り組むことなく否定論に安住していた。否定論者の一人、物理学者のファラデーはこう述べている。「我々は,物理法則に関しての考察を押し進める前に、元来あり得ることとあり得ないことを明解なる考えをもって示しておくべきである」。実験する前にあり得ることとあり得ないことを分けて考えとけってこと。時間の無駄を省けってこと?実験してみる前にどうやってそれがあり得ないことだって判るんだろうか?一つか二つのインチキ霊媒のトリックを暴き、それをもって全てがペテンであるという立場を取る科学者も多かった。前述の博物学者ウォーレスが、「自分の納得のいくまでとことん研究に没頭した結果、霊の存在を否定する結論に至った人を、私は一人も知らない。」という主旨のことを、自らの著書「奇跡と近代スピリチュアリズム」で述べている。

彼らが霊的な世界を受け入れた理由はただ一つ、彼らが真の科学者だったからということだ。真摯な検証の結果疑いの余地なく証明されたものに対して、自分の立場を危うくしてしまうかも知れない結論であろうと、科学者であるが故の義務感から臆することなく公表し、認めたということに他ならない。

彼らの気持ちに寄り添って想像するとその勇気に頭が下がる。自分の築き上げた地位や功績を台なしにしてしまうかも知れないという恐れと迷いが少なからずあったことだと思う。事実エドマンズ判事は職を追われ、ウォーレス博士は、進化論の功績を殆どダーウィンに奪われることになった。しかし、自分の導き出した結論に対して誠実でありたいという、科学者としてのプライドが勝った。真のプライドとはそういうものだ。虚栄心とは無縁なものだ。

今まで、僕が数回に渡って書いて来た、自分の死生観の変遷。この変遷の裏には、いつも科学と、オカルトの決定的な対立関係があった。両者の間に横たわる溝は深いとも書いた。

しかし、科学の最先端が、霊的世界を完全に認知した時代があった。確かにあった。人間は霊であり、肉体を離れて後も生き続けるって言うことが、ノーベル賞科学者のお墨付きで、公然の事実となった時代があった。地球が丸いってことと同じレベルで。想像してみるといい、ホーキングや、江崎さんや、小柴さんや、湯川さん、野依さん、養老さんに,茂木さんたちが,それぞれに、こぞって霊魂の存在を完全に認めると発表したところを。それと同じことがあったのだから、100年前に。

僕は知らなかった。ぜーんぜん知らなかった。優れた学者の中には変わり者もいるだろう,ぐらいの認識だった。自分からその情報に飛び込んでいかなかったら、永遠に知ることはなかっただろうと思う。

こんなにも多くの、世界の名だたる科学者たちが認めたという事実が、何故僕たちの元に普通に情報として入ってこないのだろうと考えた。

一つには、興味本位なオカルト・ブームの横行があると思う。真贋入り交じった見せ物としての心霊現象の喧伝が、理性的な人々を遠ざけ、結果として、100年前の科学者たちの真摯な研究成果が、迷信のゴミの山に埋もれてしまった。

もう一つには、その科学者たちの研究のたすきを、正面から受け取る後継の科学者がいなかったということ。

折しもその後すぐアインシュタインが相対性理論を発表した。物理学は新しいパラダイムが生まれる最も華やかな時代にさしかかっていた。

心霊現象なんてわけの分からないものにかかずらわってる暇はないってほとんどの科学者が思ったことだろう。

継続的な観惻のために、いつでも同じ条件が得られる物的なふるまいに比べて、基本的に目に見えない、物質ではない世界の探求は、仮説を立て、観察によって証明し、定理を導き出すという科学の知の積み上げの手法にそぐわない。手に負えない。いつしかそれは宗教の領域に突き返されてしまった。万有引力から相対性理論、量子力学へと受け継がれていった健全な知の積み上げがこの分野においてなされることはなく、科学がかつて、心の存在する場所が脳ではないと証明した歴史が、闇に葬り去られてしまった。心は脳内現象だという旧態依然とした仮説に退歩してしまった。そしてそれを僕は12年間固く信じていた。残念だ。

じゃ、何故、19世紀の科学者たちは科学的な手法によってその研究を行うことが可能だったのか?そこで起きた、現象とはどんなものだったのか?そんな現象が巻き起こされた意図は?僕らが霊であるから、もしそうだとして、だからどうだっていうんだ?

ここから先は、あまりにも長くなるので、僕は、そのためのブログを立ち上げました。ていうか実をいうと数ヶ月前に立ち上げていました。とある事情から、ストップしたままにしていました。

そろそろ開始しようかと思ってます。このホームページの話題がこっちの話に傾きすぎるのも、バランスを欠いてしまうしね。でもこっちのページで、全く触れなくなってしまうのも、なんかお役人の縦割り行政みたいでやなので、軽くは触れていきます。

でも、こんなに濃くなるのは、これが最後です。だとおもいます・・・へへへ。

あんまり興味のなかった人、ごめんなさいね。また、いつもの癖で、ちょっと書こうと思ったことが、ずるずるっとね。

次回,締めです。

今日の一曲
PRIDE OF LOVE 樋口了一

2007年10月19日(金) 無題7
直覚と分析。どっちが先か?

小林秀雄はいう。「先ず,直覚があり,そしてそれが正しいかどうかを確かめるための分析がある。分析を最初にいくら積み上げたって、直覚に至ることはない。」然り。分析してる間に,全く別の直覚がひらめくことはあると思うけど。そしたらその直覚の分析に移るものな。

プロ棋士の長考は、闇雲に手を読んでるわけではない。先ずピーンとくる光り輝く一手があり,その手が本当に正しいかどうか一生懸命分析するそうだ。受け売りですが。

僕が,人は死なないってことを受け入れるに至ったきっかけは、前回書いた科学者たちの検証の歴史を分析したからではない。

この日記で折に触れ紹介している「シルバー・バーチの霊訓」にそれを直覚したからだ。

僕が「シルバーバーチの霊訓」に出会ったのは、2006年の5月。心の道場さんのサイトに載っていた本の全文掲載のページを読んだのがきっかけだった。

そこにたどり着いた経緯は・・・できれば詳しく書きたいのだけど・・・書きません。

そこには、長年僕の天敵であった、霊の世界についてのことが書かれていた。「魂」とか「前世」とか、僕の嫌っていた言葉が当たり前のように使われていた。

何故なのか,未だに分からない。僕はそこに書いてあることが、正しいと直覚した。

自分の心に、砂漠に水が染み込んでいくようにどんどん言葉が流れ込んできた。理性が全く反発を覚えなかった。

僕は激しく動揺した。自分が認めていない考えに自分が占領されていくような恐れを感じた。

そこから,僕の分析の旅が始まった。

何故,ここに書いてあることを僕は正しいと感じたのだろうか?前も書いたことがあるけど、それまで抱いていた,唯物的な考えを捨てさせるようにしむけるような誘導的なことは何も書いてない。そんな考えをもったまま、その考えごと包み込まれたような感覚だった。

子供が親に言う「ねえねえ、お父さん、動物園には動物がいっぱいいてね、首の長いキリンさんとか,鼻の長いゾウさんとか、ぴょんぴょんはねるカンガルーさんとか、怖い顔したライオンさんとか、寝てばっかりいるコアラさんとか、もう本当にいっぱいいてね、世界中の生き物が一つ残らずぜええんぶそろってるんだよ。」

親は子供に言う「へえー,そうなんだ.すごいね動物園って。でもね、動物園にいる動物で全部じゃないんだよ。世界中にはもっともっとたくさん色んな種類の動物や,お魚さんや,鳥さんや、昆虫や、植物や、目に見えないぐらい小さな生き物や、深い海の底にしかいない生き物や、高い山の上にしかいない生き物や、まだ人間が見つけてない生き物とか、数えきれないぐらいいっぱいの生き物がいるんだよ。」

「だって友達が言ってたよ、動物園に全部そろってるって。」

「その友達は、知らないだけなんだよ。だから,お前から教えてあげればいいんじゃないの?」

「そうかな・・・」

父親が,今まで嘘を言ったことがないことを,子供は知っている。でも,何でも知ってる物知りの友達は自信たっぷりに教えてくれた。「動物園で全部だ」って。困ったな。よし,どっちが本当か自分で調べてみよう。今度の誕生日のプレゼント動物図鑑買ってってお願いしよう。

言っときますがこれは我が家の親子関係の描写ではない。父は,よくしょうもないウソをついては、子供に突っ込みを入れられている。

この子供が僕だった。物知りの友達は・・・やめよう,ことさらに科学を誹謗するのは。科学のもたらした恩恵に浸っていながら。

シルバーバーチの言ってることを,僕が聞く気になった理由の一つに、その内容の中立性というか、聞く側の人間の理性と判断力をあくまでも重んじているという点がある。

「私の言っていることであなたがたの理性が反発を覚えるようなことは,いっさい受け入れてはいけない。盲信してはいけない。自分の理性に照らして,納得したものだけを受け入れて下さい」と、折あるごとに何度も何度も繰り返す。

もう一点は,その謙虚さ。「神が作ったこの世界の始まりも究極の終わりも私には分かりません。分かりようがないからです。そしてその時が来るとも私には思えません。」   “私は神である”なんて絶対言わない。

あとは公平さ。「祭壇の前で神よ神よと祈るばかりの人が霊性が高いとは限りません。ひたすら人のために献身的に生きる唯物論者や無神論者の方がよっぽど霊的に高いということもあるのです。」全ては何を為したかで判断される。敬虔な宗教者より、無神論者の方が霊性が高いこともありうるなんてことを言う、おおらかな霊のメッセージを他に知らない。

最後に、現世的なご利益を約束しないってとこ。これであなたは大丈夫だ、とか、人生は幸せに満ちているとか、楽しまなきゃ損だとか、その場だけ耳に気持ちのいいことは決して言わない。どっちかっていうと、人生は困難や試練に満ちていることを強調する。それを経験するために生まれて来たと。そして,それから目をそらさず、忍耐と甘受の気持ちで乗り越えていくことが本当の幸せなんだよ,だからがんばれって激励する。そんな人には,肉体に宿ったほんの束の間の人生から霊の世界に戻ったあとの創造と向上の生活の幸せを約束する。

なんかやっぱりうまく言えてない。直覚とは,説明できないからこそ直覚なんだ。興味のある人は是非実際読んで判断して下さい。

で,その時感じた激しい動揺が、霊現象を研究した科学者たちの残した本や、カルデックの本や、その他スピリチュアリズムの古典と言われているものへと僕を向かわせた。

この間数えたら、52冊あった。どれだけ自分にとって切実だったかが分かる。

シルバー・バーチを読んだ時に感じた僕の直覚を唯物論に引き戻すような分析結果は出なかった。直覚と分析が互いに補完し合い、僕の中でそれがしだいに揺るぎのないものになっていった。

直覚と分析。多分,そのどちらかだけだったら、僕はこんなに自信を持って「人間は死なない」などとこの日記に書いたりはできなかっただろうと思う。

「朝花」を書いた時、♪あ〜のほにゃら〜らの調べになんと〜か って歌ってたって日記に書いたけど、その時点でこれはいい曲だぞって直覚は既に得ていた。そこから,一体何の調べなのか教えてくんない?って曲に尋ね分析調査するという作業があって,やっと朝花という曲が完成した。

「全ては幻想」というキーワードをモチーフに、「シルバーバーチ」という直覚を得て、「科学者たちの真摯なる戦い」という分析を経ることで、12年かかって僕は、「命は永遠に終わらない」という曲を自分の心の中に完成させた。

今までで,一番長くかかった。つくんのに。長くかかった分、これからずっと歌うことになると思う。

ごめん!!締まんなかった。次回本当に締めです。

今日の一曲
Silver Birch Mary Hopkin

2007年10月20日(土) 両子寺
今日から月一大分です。

今回は両子寺バスツアーという企画があります。

二台のバスで、山の奥にあるお寺まで行って、山門でライブやります。

かなり大きな立派なお寺ですが、雰囲気は最高です。

一緒に行かれる皆さん、私と、マーサがバスガイドです。

マーサのあのクイズが聞けると思います。禅問答のような。答えることでは答えにならぬ。これいかに。

私は、やっぱ、歌うバスガイド役ですよね。何にしようかな?

考えときます。

是非お楽しみに。家に着くまでが遠足です。

果物はお菓子に入りません。

今日の一曲
一休さん

2007年10月24日(水) 晴れた
両子寺バスツアー、無事に終わりました。参加された方々どうもお疲れさまでした。快晴でした。

紅葉にはちょっと早かったですけど、秋の国東の木々に包まれて、リフレッシュできたんじゃないかと思います。

境内で、歌を歌ったのは生まれて初めてでした。66代目のご住職がおっしゃるには、1000年以上の歴史のこのお寺でそんなことをするのも初めてだそうで、歴史をけがさぬよう心を込めて歌わさせていただきました。

直前に、インストラクターの方に先導されて、山頂までの1/5ぐらいの行程をみんなで登ったんですが、まあ、登ってる時は平気な感じだったんですけど、その直後にリハやって、昼食とってすぐに本番となったんですが、

正直、パンパンでした、わらってましたブルブルと、足が。

この振動で、変なビブラートかかりはしないかと心配でしたけど、

そんなこともなく、逆に力が抜けて、歌は伸びていたようです。

よかった。

一つ一つの曲が、森の中に溶け込んでいくようで、心地よかった。

山を登る道すがら、お客さんと身近にお話をしながら行きました。

毎朝、起きる時に、欠かさず風の呼び声を聴いていただいてる方、夜寝る前に歌詞を心の中で復唱してから寝るとおっしゃってた方。

この曲が、大分の皆さんの生活の中に溶け込んで役立ってるのを実感できたのが何よりうれしかったです。

うれしいね、ベックさん。

2台のバスを交互に僕とマーサのコンビで臨時バスガイドをやらせていただきました。

マーサのクイズも進化を遂げている。答えを考えなきゃいけないようなまともなクイズもあった。

どこに向かっていくのでしょうか。

去年やった、くりでん、ウインディ・トレイン号の旅もそうでしたが、別れ際って、何となく切ない。

今日一日だけのメンバーで、一日だけの旅をして、同じ時を過ごして、またそれぞれの生活に戻っていく。

みんながんばってね、と、背中に向かって応援したくなる。僕もがんばるからね。

未熟な僕が、ほんの一瞬だけ感じる、全ての生命への同胞意識。そこへと確実につながってるあたたかな感情。

おおげさにいうとそういうようなこと。

己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり。両子寺の天台宗の開祖である最澄19歳の時の言葉だそうです。19歳・・・・・恐れ入りました。導かれていないわけがない。

皆さん、ありがとうございました。

またいつか。

今日の一曲
風の呼び声

2007年10月25日(木) 無題8
一寸空きましたが、さあ、締めるぞう、今度こそ。

で,どうなんだと。12年かかって死生観の大転換があって、生命が永遠に続くと確信して、ここまで、長々と書いて来て。

結論、僕はいい人間になろうと思った。

そ、それだけかい!! 小学生の道徳の作文かよって突っ込みが聞こえて来そうですけど。それだけです。

そんなの,別に死後の生命を信じなくたって思えるじゃん、実際そう思って生きてる人いっぱいいるだろ。

ねえ。そうですよねえ。多分,僕が我がまま野郎なんです。そういうことでもなければ,本気でいい人間になろうって思えなかったです。

自分が先ず充分過ぎるほどに満足してから,余った分でいいことしようぐらいな気持ちしか目指せなかったと思います。

いい人間になろうと思った大きな理由に、僕がめんどくさがりで,せっかちだということもあると思います。

50冊以上の本を通じて僕が知ったことは、人間はその永遠の道のりの中で、自分でまいた種は自分で刈り取るってこと、自分のやったことはきっちり自分で埋め合わせをしなきゃいけないってことと、霊は、向上する以外に道はないってこと。一つの例外もなく、向上し、浄化していくよう宿命づけられているということです。

だから、ぶっちゃけ放っといても、いつかは向上するんです。低い所に永遠にとどまることは出来ないんだから。

今、自分が歴史上、犯罪史上知ってる人間の中で、最悪だと思う人を思い浮かべてみて下さい。浮かべました?その人も、いつかは浄化され、高い境涯に行くんです。

じゃあ、わざわざそんないい人間になろうとか努力することないじゃん。

そこは、自由意志にまかされてるんです。低い所にとどまるって決めても誰も止めません。

で、僕は、僕に許された自由意志の範囲内で、どっちにしろいずれ向上の同じ道を行くことになるんなら、さっさといきたいんです。

道は、無限に長いです。今まで、鉱物、植物、昆虫、魚類、は虫類、両生類、鳥類、ほ乳類とたどって来ましたが、まだまだ、入り口の入り口の入り口入り口にも来てません。低いとこほどつらいです。高くなればなるほど活動範囲も広がり、生き生きとし、幸せです。

で、あなたがさっき思い浮かべた人、この人は多分、想像を絶するもの凄い長い時間をかけて、低い場所から向上の道を辿らなければならないです。つらく苦しい償いの道のりです。でも、いつかは、必ず浄化され、向上します。どんだけ時間がかかっても。万物の第一原因としての神は、全存在を平等に愛しているからです。全てに宿っているからです。

たとえそれが事実であったとしても、俺は時間かけてのんびり行くからいいよ。っていう人もいるかもしれません。

いいんじゃないですか?僕はその辺は断定的なこといえませんけど、気持ち的には、いいんじゃないかって思います。皮肉でもなんでもなく。

でも僕は、正直いやです。同じこと何回もやんのが苦手なんです。性分的に。肉体を離れた人は、自分の到達した霊性にぴったり見合ったレベルの階層に自動的に行きます。そこで一番感じることは、やるべきであったことをやらずに過ごしてしまったことへの後悔なんだそうです。肉体から解き放たれて今よりずっと覚醒した気持ちで強くそう思うそうです。それが苦しみとなるそうです。

そうすると、また、同じような内容の試練の人生を強く望み、与えられます。今度こそちゃんとやろうと思います。んで、肉体に宿ったことでまたすっかり忘れちゃってなんにもしないでいると、戻った時に、「ああ、またできなかった」と苦しみ、また同じような試練が待ってます。

書いててもいやです。ああ、めんどくさい。こんな動機じゃだめなんでしょうけど、めんどくさいのはいやです僕は。もしかしたら今が、もう何度目かのおんなじような試練の真っ最中なのかも知れません。いい加減懲りろよと。

ちゃんとやるって決めた決意を覚えたままで生まれて来れないのかよって思うでしょ。僕もちょっと思います。今回の人生でやるべきことがはっきり自覚できてればいいのにって。

霊たちは言います.「それでは神の操り人形だ」と。自由意志と理性と良心。これらを総動員して、誓ったことを間違えたりぶつかったりしながら実践していくしかありません。原田知世の時をかける少女のラスト、あれがすごく心に訴えかけるのは、あの二人がお互いに何も覚えていないってとこだもんね。でも、なんか気になる、何処かで会った気がするってね。自分の心の奥に耳を澄ませれば、きっと自分が誓ったことがこのくらい、うっすらとは感じられるんじゃないかっておもうですけどね。

僕も、今のままだと後悔することの方が多い気がするなあ。もうおんなじのはやだなあ。少しでいいから違った試練がいいなあ。

これって、まあ、言ってみれば、大きな意味でのご利益主義ですよね。現世利益じゃなくて、来世利益。少しでも上に行きたいから、いい人間にならなきゃって。

でも、この来世ご利益主義は、少なくとも自分だけいい思いをすればいいって考え方にはなりませんよね。なりようがない。あと、人生における困難に対して自然体で対処できる。全てに意味があると心から思えるって、こんなに楽なことなんだって幻想主義者だった僕は感じました。

前に書いた国境なき医師団の医師たち。彼らはきっと特に死後の生命など考えてもいないんだと思うんです。それでも、無条件にあれだけ他者に尽くせるって言うのは、本当にすごいと思います。自分の使命を何らかの形ではっきりと自覚できてる高い霊性の人たちなんでしょうね。

霊性の向上って言ったって、別に難しいことやれって分けじゃありません。山にこもって一人で修行したって一ミリも霊性が高まることはないってシルバーバーチはいいます。一時的な精神修養のためにはいいのかも知れないですけどね。

隣人愛を持って、人のために役に立つこと。尽くすこと。また小学生の道徳みたいですけど。これだけです。僕が知った限りじゃあ、結局これだけ。

これならできますもんね。がんばれば。この人のために役に立つっていうのにも、無限の段階があるんだと思うんです。

電車で、人に席を譲るってとこから、マザーテレサから、イエスまで。

自分にできるレベルに応じてやるしかないですね。僕なんか席譲るってことすら、色々余計なこと考えちゃうことありますもんね。全然これからですね。

で、そんな基本的な道徳みたいなこと、わざわざ死後の生命なんか信じなくったってできるし、そういう風にあろうと思って生きている人いっぱいいると思うんです。

僕はそれでいいと思うんです。僕だって、全ては幻想だと信じていた時も、今ほど切実には思えなかったですけど、他者に役立つことがいいことなんだとは思っていましたし。でも、僕個人で言えば、北風のように無理せず、太陽のように自然に強くそう思うためには死後の生命の存続を信じることが必要でしたけどね。根が我がままなんで。

色んな考え方をする人がいて、それがそのまま調和を保っていけるよう努力するっていうのが、これから先の人間のテーマだと思う。そしてそれが全体として向上していい世の中になっていくっていうことに、反対する人なんかいませんよね。死後を信じようと、信じまいと。

何かを信じたことで、それを信じてない人を信じられなくなる。自分と違う考えの人間が許せなくなる。これ、一番やっちゃいけないこと。それだったら、そんなもの信じない方がどれだけマシか分かりません。今まで、何度となく繰り返されてきた宗教やイデオロギーをめぐる過去の暗黒の歴史に逆戻りです。今もつづいている世界中の紛争の原因の全てにそれがあります。貧困とともに。

今回の“無題”シリーズを読んで、色んなこと考えてくれた人もいるみたいで、僕としてはうれしい限りです。反対意見大歓迎です。実はそれも期待してました。

こういう考えをするようになった今も、僕はあいかわらず科学というものを信頼してます。科学の果たすべき役割に期待している一人です。人間の知性が、物質次元の解明の彼岸に至ったとき、科学が霊的な世界の存在を浮き彫りにする時が必ずやってくると僕は信じています。

12年前の僕に今の僕がこんなこと滔々と話して聞かせている所を想像すると、おかしくてしょうがありません。

今の僕が熱くなればなるほど、「何いってんだこのおっさん。」と冷めていく昔の自分が目に浮かぶようです。でも、僕は昔の自分を尊重します。昔の自分も、今の自分を尊重してくれると思います。「全部幻想なんだから、何考えようと自由だ。」と。

使い古された表現ですが、真実は一つです。そして、それは長くても数十年後には確実に僕らの前にに姿を現します。

もしも、科学的死生観が正しく、死が消滅であったとしたら?

僕は困らないと思います。困りようがないからです。死が存在するや否や僕は存在しないのですから。甘んじて、消滅としての死に身を委ねると思います。しかしそれはもはや僕にとって、ファンタジーに属するアンリアルな物語になってしまいましたが。

死は消滅ではなく、肉体の終わりに過ぎず、真の人生の始まりだとしたら?全く変わらない自分がそこにいたとしたら?

少なくとも僕は慌てることはないと思います。やるべきであったことを思い出し、それをやらなかったことを恥じ入り後悔するかもしれませんが。一方で、守護霊の「よくやったね」という言葉とともに、地上において努力した自分を少しでも見いだすことができるように・・・・

結論。僕はいい人間になりたい。

今日の一曲
永く曲がりくねった途  ビートルズ
樋口了一新ブログ!!まだ、書き込む事以外何にも分かりまへん。勉強中。因に第一回目のこれは、6月1日に書いたものなので、内容が重複してます。どんな風にしていくか考え中です。暇だったら寄って下さい。
http://foochan28.at.webry.info/

2007年10月27日(土)
新ブログ、「パーテルペッカビ」、行ってくれた方々どうもありがとう。アクセス数が、かなり増えまして、プレッシャーを感じております。コメントくれた人、トラックバック(ていうの?)してくれた人どうもありがとう。読んでます。
http://foochan28.at.webry.info/

でも、あんまり堅苦しいものにしても、長続きしないし、読むの疲れるし、ねえ。

なんか僕らしい切り口を考えておりますので、気長におつきあいください。

で、ね、この日記なんだけどさ。僕はね、かなり行間開けて段落ごとにスカスカに打ってるんですよ。読みやすいようにってのと、効果を狙って。

マックで見ると、僕が打ったようなレイアウトで見れるんですけどね、ウインドウズだと、びっしり詰まっちゃって、行間もへったくれもないみたいなんですね。長いと読む気なくなるよね。

最近それを知って(遅えよ)、心苦しいやら、申し訳ないやら。

なんとかしたいと思っています。

で、ね、この手の話題もうここで控えめにしようと思った矢先なんですけど、これは皆さんに見てもらいたいので、こっちに書くことにしました。

2007、9月3日の日記で書いた、僕が通っている日本のスピリティズムのセントロ覚えていますか?

ここの、ホームページの最新ニュースで、とあるスライドショーが見れます。「ダウンロード」の所でも見れます。
http://www.spiritism.jp/jpn/jpnovo.html

これ、「親から子への手紙」と題されたスライドショーなのですが、代表者の角さんの元に届いた作者不明のポルトガル語のメールを、日本語に訳して載っけているものです。

ブラジルでは、このような良性のチェーンメールが結構あるそうです。

なので、特にこれは、スピリティズムに則ったものではありませんが、そんなの関係ねえのです。いいものは、理屈抜きでいいのです。

僕はこのスライドショーを、誰かの子供であるすべての人、誰かの親であるすべての人に、要するに全ての人に見てもらいたいです。

で、さっきの話につながりますが、マックじゃ見れません(泣)。文字化けします。

俺マックだ、でも見てえって人。

なんとかして下さい。何とかならなかった人、メールください。なんとかします。

他のものも、いいですよ。因に、羊のお話は、シッコ・シャピエルという、ブラジルの霊媒の方が媒介して自動書記で書いたものです。見れば分かりますが、著者は、この世の人ではありません。

このような詩集や、霊言や、童話や、科学の専門書などが数限りなくあります。

残念ながら、ほとんど日本語になってません。

今日の一曲
人の息子 奥田民生

2007年10月30日(火) 軽井沢
明日から、軽井沢に行って来ます。どシーズンオフです。本当だったら真冬に行きたいんですけど、2子連れなんで、これぐらいにしといてやります。

相沢耕平に会って来ます。

これで分かった人、あなたは、スピリチュアリストだ!!!

小学館の。

今日の一曲
チャイナ・シンドロームのテーマ(そんなのあんのかな?)

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