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2007年08月07日(火) うえ〜創世記
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趣味は往々にして伝染する。

私が最近始めたなんちゃって翻訳を嫁がやり始めた。

いや、やり始めたっていうには語弊があるかも知れない。なし崩し的にやるはめになったというのが適切かもしれない。

アラン・カルデックというフランスの教育学者の書いた、「創世記」と言う本。前に紹介したクルックス博士の本で味を占めた私が、調子に乗ってまたまた海外のブックショップに注文したもの。

本の写真を見ると「El Genesis」と表題が書かれている。El?冠詞?英語じゃないなこれ。ラテンな匂いがする。Genesisは創世記って意味の英語だべ?

本の宣伝文句らしきものは英語で書かれている。ってことは英語だよな・・・・中身は。だってロスの本屋だもん、うん、英語に違いない。クリック!!!注文!!

今回は、前回のような当て込み通りには行かなかった。

ビニールのパッケージを引き裂き中を開くと、そこには、esta nueva obra es paso・・・・ といった馴染みのない順列のアルファベットが並んでいた。

「あれ?これ・・・」とつぶやく私の後ろから刺さる視線。今ではDVD二枚続けてやるぐらいビリーの忠実な部下と化した嫁の、「いくらだったのそれ?」という言葉。

「いっやぁ、忘れちゃったなあ・・・・ずいぶん前だもんなあ注文したの、あれええ?おかしいなあ。」と言葉をを濁して言い逃れていたが、ついに観念して全てを白状した。

ケリが入ると思っていたら、以外にも興味を示して来た。「それ何語なの?」

「ポルトガル語。」私は躊躇なく断言した。ラテン諸国の言葉に何の造詣もないのにも関わらず。

それには訳があった。このアラン・カルデックという人物、ブラジルでものすごく有名な人なのです。クルックス博士と同じ19世紀を生きた人なんですが、やはりその当時世間を騒がせていた心霊現象の噂が耳に入り、科学者でもあったカルデックも、クルックス博士と同じように懐疑的な視点から現象の研究に入り、結果としていくつもの驚異的な現象を目の当たりにして、最終的にそれらの現象が地上を後にした人間の霊によって引き起こされていると結論づけました。

日本では、スピリチュアリズムという名前で知られているこの分野、アラン・カルデックはこの言葉が「精神主義」と誤解される可能性を避けるために「スピリティズム」と名付け、研究を続けていきました。クルックス博士が現象の検証に終始したのに対し、カルデックは、その教え、メッセージに重点を置くようになり、様々なミーディアムを通じて届けられたスピリットからの人間に対するメッセージを収集します。

数十年に渡る研究の結果、数々の本をフランス語で出版したのですが、それらの多くがラテン諸国で翻訳され広く受け入れられ、特にブラジルでは、1000万人を超える人々から読まれているんです。「ブラジル行けば、そこらじゅうにスピリティストの教会があるし、ヒーリング(心霊治療)なんてみんな当たり前に受けてるよ。もちろんみんなただ。お金取る人は滅多にいないし信用されない。」というのは、知り合いのブラジル人に聞いた話。日常に溶け込んでいる霊的な世界。金額が高いほどありがたいという変な慣習のもと霊感商法が横行したり、怪談話と同じ次元で取り扱ったりしている日本の浮き足立った現状とは大違い。

話は、いつものようにそれましたが、そう言う理由で「ポルトガル語!!」と断言したのです。

「もったいないから、私が訳す。」と、嫁の意外な言葉。もったいないからっていうところがB型っぽい。

これは渡りに船だ。早速、本屋に行って、ポルトガル語の辞書を買って来た。

「ポ和辞典」っていうんです、やっぱり。逆だと「和ポ辞典」。もうその響きから全く未知の領域に脚を踏み入れるワクワク感があった。

その日の夜、ちょっと試しに訳してみようって事になって、本と辞書を並べて置いた。

全く何にも分からないから、全ての語を調べなきゃなんない。ターヘルアナトミアの杉田玄白の途方にくれた感が憑衣した気がしたが、こっちは何の使命感も担ってない分気楽だ。

なんといっても、先ずはタイトルからだよな。「El Genesis」のElだ。買うときから気になっていた言葉。

Eの項をパラパラとめくっていく。えええっと・・・・あれえ?ないなあ・・・

載ってない。一番近いのが「ela」彼女っていう意味らしい。

「彼女 創世記」ふくらませて「あの娘は創世記」。これじゃあ昔の洋楽の邦題だろ。んなわけねえだろ。

この時点で、まだ二人の頭には楽観的な解釈しか立ち上っていない。「ああ、ポルトガル語って女性名詞とか男性名詞とかいろいろ面倒な活用があるじゃない。それで載ってないんじゃない?これ。」「そうか、ほんとは綴りが違うんだ。」と、冷静に考えれば全く筋の通ってない会話、それが全部載ってんのが辞書だろ。

「このElのlってiじゃないの?」という嫁の言葉に従い、パラパラパラ・・・・ない。

一番近いのが「eia」「驚き、不快を表す声、うえ〜」。

「うえ〜創世記」。ありえない。カルデックがこんなふざけたタイトル付けるわけがない。

声に出して「うえ〜創世記」と私が言ってみたのがいけなかった。変なつぼに入ってしまった。息ができない。嫁は涙を流している。30秒、腹筋が割れるほど笑った。

「これ、驚きを表す言葉でもあるんでしょ?だったら、おお、とか、ああ、かもしれないじゃない」

「ああ、創世記」私が言ってみる。火に油を注ぐとはこのことだ。懐メロだろそれじゃ。おねがいやめて。立ち直れなくなる。

ようやく、冷静さを取り戻した。この時点で30分経っている。タイトル調べんのに。

「あれ?ちょっとこれ見て。」嫁がよからぬものを見つけ出した。そこには「Printed in Argentina」と書いてあった。

アルゼンチン?アルゼンチンの公用語は・・・・・

スペイン語だ。

ここで、私が2重の間違いを犯した事が、判明した。英語だと思って5000円もする本を注文した。ポルトガル語だと思って6800円もする辞書を買った。12000円分の無駄使い。

しかし、その間違いがなかったら「うえ〜創世記」も生まれなかった。差し引きゼロ・・・

なわけないか。わけないな。すいません。申し訳ありません。許して下さい。もうしません。

本よりも辞書の方が高いという理由で、嫁はポルトガル語の別の本を要求した。妙な動機で変にポルトガル語をやる気になっている。

でも、とりあえずよかった。事なきを得て。カルデックさん、すいません。

英語版手に入れます。

スペイン語の「うえ〜創世記」誰かいりませんかああああ。

今日の一曲
ああ上野駅

2007年08月10日(金)
〈薬〉
人生の危機をむかえたとき
反抗するのではなく、仕えましょう。
苛立ちの本質とは、
爆発寸前の熱い釜のようなものです。
誰かが過ちを犯したのであれば、
それを赦してあげましょう。
誰かがあなたを傷つけたのであれば、
そのことは忘れてしまいましょう。
あなた自身の中に保たれる平静は、
他人に対する敬意の表れです。
何かの悪が姿を現しても、
善から遠ざからないようにしましょう。
忍耐強く仕える事が、
神より与えられた薬なのです。
(REMEDIO-Emmanuel霊/霊媒F.C.Xavier) 

水曜どうでしょうを応援します。

           樋口了一

2007年08月15日(水) ライブが近い
この間の、うえー創世記の「うえー」ですが、番井奈歩さんというしゃべり手の方から、Elっていうのはスペイン語で、英語で言うところのTheだと教えていただきました。どうもありがとうございました。

もうすぐライブだね。

今回もまたいろいろなリクエストをいただきました。

それなどを織り交ぜながら、いつものように展開して参りたいと思います。

今回で22回を数えます。


暑い夏をにぎやかしく送って忘れるっていうのもいいですが、静かに、ひんやりと過ごすっていうのもいいものです。そんなようなライブになればいいなと思っとります。

まあ、締めはホットですがね。また。

1つの曲にずっとつきあっていくって、不思議ですね。その時々の心境で、違うように聞こえる。光を当てる場所が変わるんでしょう。シンプルな曲ほど長く歌われるのはそんな理由があるのかもしれません。

シチュエーションを限定しないから。心の変化にそって形を変えてくれるっていうのか。

そんな曲を少しずつ増やしていきたいなあって思います。

お持ちしております。

今日の一曲
風に吹かれて ボブ・ディラン

2007年08月18日(土) 突然ですが
水曜どうでしょうの4人が、ヨーロッパを完全制覇したと言っておきながら、実は足を踏み入れていない国があるのをご存知か?

釈迦に説法 イチローに打撃理論

そう、神話と、精霊の国、アイルランド。

突然、本当に突然、行くことになりました。

全く予想だにしなかった所からの仕事で。

それが、ライブの次の日からなんです。

全く何の用意もできてません。それより歌詞を頭に入れるのが先決ですし。

不思議なもんで、あの4人が行かなかった国の最後の穴埋めを僕がやることになろうとは。

あと、最近出て来た例の「創世記」の著者アランカルデック。これは実は本名ではありません。本名は、

イポリテ・レオン・デニザール・リヴァイユっていいます。彼の前半生のライフワークであった、教育学の本はこの本名で著されました。

アランカルデックというのは、彼が、スピリットによって知らされた、以前の人生での名前だそうで、

アイルランドに、キリスト教が伝わる前のケルト民族の信仰で、指導者的な役割を果たしていたドルイドという身分の神官だったそうなんです。

そう言う理由で、彼は、それ以後のスピリティズムの著作は全て、アランカルデックという名前で出版しました。

この手の巡り合わせは、もう体をゆだねるしかないってことを多少なりとも学んできたので、特に気負う事もなく行って参ろうかと思うとります。

行く目的は、全然違いますし。気分としては、福江島行った時のような・・・・島だし。

パソコンなんか持っていくわけがないので、帰って来たら土産話を書きますね。

ともあれ、明日のライブ、がんばろう。いらっしゃる方々、お楽しみに。

今日の一曲
みみらく霊歌

2007年08月27日(月) ♪かええってきたぞ
と「え」が二回続けば分かるあなたは同世代。

かええええってきたああああ。これたあ。

時差仏、いや、時差ぼけと、出来ごとの整理がつかんので、詳細は、次回より、展開します。

思っていた以上のものにふれあうことができました。

感謝してます。

今日の一曲
帰って来たウルトラマン
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2007年08月28日(火) 愛蘭土1
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そもそもなんで私がアイルランドにいくことになったのかというと、「リバーダンス」というアイルランドで生まれたダンス・パフォーマンスをリポートするためであったのです。

それが生まれた歴史的な背景とかを、地元の文化に触れることでね。

日本にも来たことあるので、知ってる人もいると思う。全世界で1800万人以上が見たというね。

前に日本を出たのが「イージーリスニング」のミックスで、ニューヨーク行った時だったから、もう12、3年ぶりになる。真っ白なパスポートをパラパラパラと入国審査のおじさんににらまれながら、ロンドンで乗り継いで、待ち時間も入れて15時間かかって午後10時にダブリン空港にたどり着いた。

日本各地からの新聞記者の方達と一緒に、リバーダンス専用バスに乗り込んで、さっそくホテルに向かう。

デクラン、通称デックという、セインカミュ並に日本語のしゃべれるアイリッシュが通訳に付いた。

「チャラリー、鼻から牛乳う。」ってアイルランドで聞くことになるとは思わなかった。彼の日本語のギャグは、日本に住んでいた頃で止まっているため、僕がそのアップデイトを手伝った。

旅の終わりには、僕が「欧米か」って言ったら、即座に「欧米だ」って返せるようになった。いいでしょ?これ。

ホテルについて、即座に「テンプルバー」という、歓楽街に連れ出された。歓楽街って言ったって、風俗店なんかは一切ない。ただただ、ひたすらにパブ、パブ、パブ。

たいていは、バンドが入っている。アイリッシュ・トラディショナル・盛り上がり系・ソングを演奏するバンドが入ってる店に連れて行ってもらった。

皆が例外なくアイルランドが世界に誇るギネスの黒ビールを飲んでいる。ジョッキを持って立ったまま、大声でバンドに合わせて歌っている。

荒くれ歌声喫茶。昔読んだ世界文学全集の「居酒屋」とかそのままの世界。

フィドル、と言うバイオリン、ティン・フルートと言う小さな縦笛、バゥロンと言うドスの利いたタンバリン、バンジョー、アコギ。

これがみんな早い早い。早弾きの嵐。カントリーの前身のようなリフの洪水が延々と繰り返される。

でも、カントリーほど乾いていない。ヨーロッパの民族的なフレイバーの残る哀愁を帯びた突撃リフレイン。

黒人音楽もそうだけれども、この繰り返すっていうところにえも言われぬ気持ちよさの秘密がある。だんだん出てくる、ドーパミン。

曲が、聞いたことのあるメロディーに変わった。なんだっけ?これ、時差ぼけの頭で思い出す。

ああ、そうだ、「ボクサー」だ。サイモン&ガーファンクル。

でもそれは、僕が知ってる、あの考え込んだメッセージソングとしてのボクサーではなかった。

「らいららい、ららー、らいらいらいららい」と言うリフレインを、皆で叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。

二拍四拍にアクセントのついた、んっじゃんっじゃかと言うアレンジとともに、力強いパーティソングになっていた。

すげえ。これ。

「樋口さん、なんかやってみる?」とデクランに言われた。

「いや、ちょ、ちょっと待って。今日はやめとこうかなあ。着いたばっかだしさあ。」

正直気後れしてました。なにやれっていうんだい。ここで私が。ギターは持ってきたけども。しかし、いずれどこかで演奏することにはなってる。テレビ的には。どうする?逃げる?

外に出ると、ダブリンの冷たい風が頬を冷やす。川沿いの細い石畳をホテルに向かう。

皆さんが暑さにうだっていた頃、僕らはぜいたくにも寒さに震えていました。

つづく。

p・s 明日から大分です。時差はないです。うれしいです。

今日の一曲
戦士フィアナのうた アイルランド国歌

2007年08月30日(木) 愛蘭土2 グレンダロッホ
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次の日は、一日ダブリン郊外の名所を見て回った。

行きたかった場所のひとつ、グレンダロッホに行った。6世紀頃からの、キリスト教の遺跡が残る、アイルランドの聖地と呼ばれているような所。

聖ケヴィンという人がこの地でたった一人で修行したのが始まりといわれている。

元々、ケルト民族の信仰であったドルイド教に、5世紀に聖パトリックがキリスト教を根付かせる際に、それまでのケルトの宗教を捨てさせて強引に押し付けることをせずに、融合させるやり方をとったことで、一人の殉教者も出さずに改宗が進められ、その結果、他にはないアイルランド独特のキリスト教が生まれた。

ハイクロスというアイルランドにしかない、十字架に円のデザインが重なったクロスが、それを象徴している。

深い谷の間に挟まれ、2つの湖を従えるようにあるグレンダロッホにも、たくさんのハイクロスが立っていた。

古代のケルトの信仰には、この円形の渦まきに象徴されるように、輪廻転生の思想があった。9世紀頃、カトリックが入ってくるまで、この地のキリスト教は、この輪廻思想を受け入れていた。

キリストを使わした神を信じるものだけに永遠の生命が与えられ、ガブリエルのラッパが鳴るまで墓の中で眠り続ける。どんな罪を犯した人も、死の間際で懺悔しただけで、天国に行けて、神の玉座の前で永遠に賛美歌を歌い、その反面、キリストを信じないものや、改宗しなかった罪人は、最後の審判で選り分けられ、永遠の業火にあぶられる。

僕は昔から、イエスの教えと、このキリスト教の排他的な教義が頭の中でどうしても結びつかなかった。

「あなたの敵を愛しなさい」と言ったはずでしょ?と思っていた。正直。

シルバーバーチの言葉や、カルデックの書籍などで、今はその理由がはっきりと分かり、長年の疑問がすっきりと晴れた。

要は、それらのドグマは、当時の聖職者や、権力者が、自らの支配に都合のいいように、聖書に混入した創作で、最もひどかったのがローマ皇帝コンスタンティヌス政権下の西暦325年に開かれたニケーア会議に於ける改ざんだったと。

伝言ゲームの意図的な操作ですな。悪意に満ちた。

もちろん、今のクリスチャンの人だって、イエスの教えの核になる部分を大切に信仰し、実践している人が大部分だと思うし、そんな人たちの信仰心を尊重しこそすれ非難するつもりなど毛頭ない。でも、聖書の中のこんな人間的な都合による所産が僕ら日本人をキリスト教から遠ざける一因になっているのも事実だと思う。

僕はクリスチャンでもなんでもない。既成の何の宗教の信者でもない。でも、ナザレに生きたイエスという偉大な霊能者の人間としての生き方はすごく尊敬している。「イエスは今も、地球を統括する霊団の最高位のスピリットとして地球浄化の任に当たっています。」というシルバー・バーチの言葉を普通に受け入れている。僕は無宗教だけれど唯一神を信じている。でもそれは特定の宗教の信者にだけえこひいきをする神ではなくて、この世界の全ての生命を分け隔てなく愛する平等な神である。そして純粋で、混じりけのない教えに満ちた世界中の同じような宗教が1つに融合すればいいなあと思っている一人でもある。

この古代のケルトの信仰と融合した古代のキリスト教は、日本で考えれば、古神道とキリスト教が融合したようなものなのかも知れない。

天照大神と、イエスのいう「天にまします父」を同一であるとするような信仰だ。想像出来ますか?

僕は、正直そうであるべきだと思っている。本来同じはずだと。そうでなきゃおかしいと。いつかそうなるべきだと。

グレンダロッホのハイクロスは僕にそんな気持ちを再認識させてくれた。

今日の一曲
Love John Lennon




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