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2007年07月04日(水) 夕張の月
もう4日になっちゃいましたね。

夕張の話を書かんと。

先月の終わりはずっと、洞窟(自宅)にこもって曲作っていて、出発の前の日(当日って話もある)は、テラでDVDのマスタリングやってて、明るいところに久しぶりに出たって思ったら、

1万人の視線の前にたった一人で投げ出された。

GLAYじゃない僕は、この一万人の聴衆を釘づけにして、俺の世界に酔わせてやろうなどという野心が、有効に作用しないばかりか、全くもってマイナスの結果しか生まないことを、痛いくらいによおく知っている。

私は山。私は川。私は芝生。私は風。私はギター。私はマイク。私は・・・・

と、ひたすら風景化。

一曲目「How?」。

この大自然に囲まれて「どうやって信じろっていうんだろう神様がいないってことを」と歌ってみたかった。単純に。

直前に楽屋で「週刊文春」開いたら、「神は妄想である」というリチャード・ドーキンスの著作の紹介記事にぶつかった。

「利己的な遺伝子」のころは、我が盟友だった。

いやあ、いいモチベーションになってくれた。歌うぞお大声で。

音処の特設売り場で、臨時サイン会をやっていたら、「あの一曲目に歌ってたのこの曲ですよね」と差し出されたのは「風の呼び声」だった。「ごめんなさいあれまだCDになってないんです。でも、これもいい曲ですよ、すごく。作った人間がいうんだから間違いないですよ。」理屈になってない。

ごめんなさい。録音します。

2曲目「朝花」。

この辺から、お客さん一人一人の顔が分かるようになって来た。

どうでしょう祭りでも毎日やったこの曲は、大観衆慣れしている。曲が物怖じしない。奄美の伝承歌の末裔が夕張の新緑に溶けていった。

3曲目。「hohoho DE hahaha」

これも新曲でした。「ほのうた」に続く、Air-G開局25周年記念ソング第二弾。

特別ゲスト乱入。節度のある暴れん坊。ジャンボリー森崎。

この曲を作っているとき、2004年のジャンボリーに出させてもらっていた時の、森崎君の「いくぞー!!スリーツーワン!!」というロケット発射みたいな秒読みカウントが頭から離れなかった。

Air-Gのスタジオで吠えてもらい、それをそのまま、この曲の間奏明けにぶちこんだ。

曲の方は、時計台ライブのDVDに合わせて入れる予定です。

いかんせん森崎君は、レコーディングでは闇雲に吠えただけで、どのタイミングで登場すればいいのかさっぱりわからない。

本番直前にそでで打ち合わせようと言っていた。しかし僕が車で連れて来られたときには、前の人の最後の曲だった。

あわてて、打ち合わせる。何回かやってみたけど、不安が残る。

「いいよ、もう好きなところで、「いくゾー、スリーツーワン!!!!」て吠えてくれたら、森崎君に全部合わせるから。」ということで。解決した気になった。

あんなテキトーな打ち合わせでよくうまくはまったなあと思います。本番は、全く問題なく、タップリ暴れてくれました。お客さんも喜んでくれてた。よかった。

そして最後は、1/6の夢旅人2002。

朝花同様この曲も、大観衆慣れしてる。もうベテランの域。

この曲に関しては、僕がどうこうっていうんじゃなくて、

みんなにかかってる。どんな声で、どんな気持ちで、歌いたいか。

僕はそれをステージの上で指揮をしながら見させてもらってる。

そんな次元に入って来た感じがするなあ。これからどうなっていくんだろう。この曲はあの番組が終わった時点からその歴史が始まった。「たどり着いたらそこがスタート」を地でいってる曲なんだ。

終わった時点から始まったということは、僕らが、もう終わりっていわない限りその歴史を閉じることはないってことでもある。どんな歴史をいつまで刻んでいくんだろうか。

まだまだ長い付き合いになるってことだけは確かです。

トリのGLAYのステージを、ステージ脇のモニターで見ていた。
このバンドのライブに数万人の人が詰めかける理由が分かった気がした。

歌舞伎に通じる、儀式化された伝統芸みたいな力強さを感じた。ロックの歴史ももう長いもんなあ。
あんまり盛り上がったんで、ナックスがショックを受けてた。大丈夫だって。君らはそのままで。

最後に出演者全員でステージに上がった。僕の隣は偶然猫ひろしさんだった。

「にゃー」が間近で見られた。らっきー。

現場のホテルのラウンジで打ち上げをやった。スタレビの「上を向いて歩こう」アカペラが聴けた。

すばらしい。長い時間に培われたハーモニー。バンドの歴史そのもののコーラスだった。

鈴井さん、やせてた気がする。今回相当しんどかったって噂で聞いてたけど、「いやあ、もうやめようかってなんどもおもいましたよ。」ってコメントが実感こもってた。無事に終えることができてほんとによかった。

帰りのバスに、ぽっかり丸い夕張の月がぽっかり広い空に浮かんで、ずっとついて来た。

またくるね。夕張のお月さん。

皆さんおつかれさまでした。楽しんでくれてありがとうございました。

今日の一曲
なんとなく sleepy
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2007年07月07日(土) 七夕の夜
七夕です。

この間書いた後輩の店「珈琲文明」がオープンしました。横浜市民の皆様、どうかよろしくお願いします。
http://hwm6.gyao.ne.jp/ojamaru/

2人の人から来たメールで、去年の今日僕は大分にいたことを思い出した。

一人は、姫だるまの後藤さん。去年同じ日に、「今日何の日か知ってる?うれしーの誕生日だよ。」といただいた。そうそう、それでお祝いのメールを嬉野さんにうったら、目一杯の文字数で返事をいただいたのだった。それがきっかけで、北海道においての、どうでしょうA型の会が発足したのだった。最近はA型に限らず、Bの人もOの人も参加してますが。そう言った流入を止められないところが、またA型っぽい。

後藤さんありがとうございました。またやりましょうね、嬉野さん。

もう一人は、いづみちゃん。

この書き込みの、今年の2月28日に詳しく出ています、大分いよやのママさん。(つってもまだ若い)

去年の7月7日が、風の呼び声の九州先行発売の日だったんだ。そうだ。そうだ。

雨模様の中、トキハデパートの正面入り口の前で、発売記念ライブをやったのだった。

まだベックさんがこの世の人だった頃。そうだ、去年の今はまだベックさんいたんだ。みんなと酒飲んで、バカなこと話して。

ずいぶん時間が経ってるようで、まだ一年経っていないんだ。

時間というものは、出来事一つ一つに個別のスピードで流れている。

こないだだと思っていたら、もうそんなに経っていたのかと思うような出来事もあれば、ベックさんのことのように、記憶の中の経年感覚に実際の時間が追いつかない出来事がある。

自分自身に急激にショックをもたらしたものほど、後者のような感覚に襲われるような気がする。

その余りの急激な変化に心が慣れようとして、あたかもずっと前からそうであったかのような錯覚を、バーチャルに作り上げてしまうのかもしれない。一種の防衛反応として。

わかりませんけどね。

いづみちゃんは、あれからもう一年が経ったんだねえってことを、今日ベックさんと話してたそうなんです。

それで、いづみちゃんが今日は七夕だから織姫様に会いにいったら?ってベックさんに言ったら、
今晩会いにいってみるって返事があったそうです。

出会った頃の、大学生の姿に戻って。

今も、ベックさんの家に行くと、学生時代に海で撮った、奥さんとのツーショットの写真が飾ってある。僕が知ってるベックさんとは別人の(ごめん!!)スマートでハンサムなベックさんが写ってる。奥さんは奥さんで、アイドルのようにかわいい。なんか、映画の撮影の合間にとった俳優さん同志の記念写真みたいだ。

僕はもうこのような話を、寓話や方便として聞けない人になってしまった。会いにいってるっていったら、会いにいってる。ちゃんと、実際に。誰がなんといおうと。

今頃は、もう織り姫のもとを訪れていることでしょう。出会った頃の姿に戻って。

すてきな七夕の夜を過ごせますように。

今日の一曲
君が好きな理由  樋口了一

2007年07月18日(水) 入隊者続出
嫁が入隊した。

そう、あれ、ブートキャンプ。

産後の運動不足解消と、体形維持を目的にして。

彼女は、小学、中学、高校、大学とずっとバスケをやっていた、典型的な体育会。群馬に住んでた高校時代には、監督から直々に群馬代表メンバーの要請を受けたにもかかわらず、「受験がありますから」と、かっこよくつっぱね、それでいてその年は結局浪人が決定したという強者。

軟弱な文化系の私とは正反対の精神構造をしている。

気合い。白黒はっきり。明瞭。根気。継続。勝利。清志郎。ハイロウズ。このような言葉に親しんでいる。

その嫁をして「あれはきつい」と言わしめる、ブートキャンプ。近寄れない。私には。

傍からみてると、筋肉隆々の黒人のおじさんが、同じく筋肉隆々の女性を従え、一糸乱れぬ陣形を組んで辛そうな動きをアドレナリンでハイになっちゃった勢いで突貫しているように思える。

嫁の話ではどうもそうではないらしい。

神は細部に宿る。

ビリーが従えている女性陣は、最初実の娘さんも含めて皆スポーツ大好きなたたずまいでしなやかな動きで一斉に始める。そんで、テレビのこっち側でやってる方がそろそろへこたれそうになってくると、テレビの中の女性陣も同じように辛そうになって陣形が乱れ始める。もうだめだ、限界だって思ってると、テレビの中の女性が一人二人とやっぱりおんなじように、動きが鈍くなるんだって。しかめっつらで。

そこに,ビリーの叱咤激励が飛ぶらしい。それで何とか最後までたどり着くそうだ。

なるほど。

日本人にこんなに受けるのが分かる気がする。

体験板「スチュワーデス物語」だ。やってる君は、堀ちえみだ。まぬけでのろまなかめだ。でも,辛いのはお前だけじゃないぞ、みんな同じようにつらいんだぞ、がんばれ、がんばれば達成できる、がんばれええ!!!

ビリーは風間杜夫だ。

嫁が言っていた、これ日本人だったらこうは作らないだろうと。きっと撮影の間に休憩なんか入れて、最後までみんなきっちりそろった動きの映像を作るだろうと。たしかに。

そろえるってことが自己目的化して、それがいい製品を作るための無条件の誠意だって信じてやっちゃうだろうなあ。

そうすると,やってる人は、自分だけが取り残されて行く気持ちになるだろう。何だ,こんなのインストラクターでもなきゃできる分けないじゃんって。で、途中で投げ出して、本棚の隅にしまわれて終わり。

これ,音楽でも言えることだと思う。

現代のレコーディングって,時間さえあればいくらでも「そろえる」方向に技術を集中することができる。

音程、リズム、タイミング、長さ。全て。

素材の原型とどめないことだってある。うーん。

きっちりそろった音楽って、聞いてて爽快感はある確かに。八方丸く調和がとれていて。

きっちりそろってるって言うことがその音楽の表現したいことの一部であるような場合もある。スティーリー・ダンとか。

でも,ドナルド・フェイゲンはハードディスクレコーディングが隆盛を極める以前から、数ヶ月かけてドラムトラック作ったりとか神経症的な作業を嬉々としてやってた。地道に。

それは、あの水を打ったような静謐さとストイシズムが表現したいことそのものだったからなわけで、体裁繕うためにとりあえずそろえたっていうことと次元が違う。

ここだ。選択肢としてある技術を敢えて使わない勇気。堀ちえみ保存活動。

私も使いますよ。修正機能。でも見極めるポイントは大事だ。要は、聞き手が取り残されないか。どうか。

話し変わるけど、CG駆使しまくった映画には僕は確実に取り残される。ついて行こうともあんまし思わない。バーチャルリアリティって本来人間の想像力のことだと思ってるから。その能力を失いたくないって思うとあんまり親切な映像には危険を感じる。もしかして,ゲーム脳ってそう言うこと?

「大脱走」見てみな。スティーブ・マックイーン本当に飛んでるから,バイクで。追っかけるドイツ兵の役までやってたんだから。好きで好きでしょうがなくて。やっぱり分かる。自分がついて行ってるのが。マックイーンに。

ブートキャンプから話が飛んだなあ。

嫁はもう既に、テレビの中ののろまなカメを尻目に、ビリーについていっている。

そうか、堀ちえみから山咲千里に進化できるんだ。ロールプレイングだ。

入隊願書出してみようかな。

今日の一曲
大脱走のテーマ

この人も始めたって聞いたぞ。ここに置いといたらいい感じに空気が抜けて、なじみの店のカウンターでくつろぐほろ酔いかげんの藤村犬。
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2007年07月24日(火) 翻訳って言うのは面白い
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趣味は何ですかって聞かれて,散歩ですっていうぐらいしかなかったけれど。

ちょっと面白いものが見つかった。

「なんちゃって翻訳」。誰に見せるわけでもない,出版するわけでもない、責任を取る必要のない、洋書の翻訳。

昔さんざん苦しめられた長文読解。知りたくも何ともないようなことを訳して解答するっていうのはやっぱり進まない。気がおもい。

変な直訳がまたへんてこりんで意味を取り逃す。するところのものでかつまたうんぬんがよってたつところのじぶつにかんがみてのこうさつとしててきせつかいなかすらもさだかではないままにけつろんづけることをもちゅうちょしないはんだんををしょうさんするよりなお・・・・・

いまやってんのが「Researches Into The Phenomena of Supiritualism」

ウイリアム・クルックス博士という、イギリスのとってもとっても偉い19世紀のノーベル賞物理学者の本。タリウムの発見者。クルックス管の発明者。当時世間を騒がせていた、スピリチュアリズムの真偽に決着をつけるつもりで4年間に渡り研究に従事した結果、その存在を完全に確信するに至った経緯が科学者らしい冷静で緻密な観察によって書かれている。

・・・・・らしい。

だってまだ、3ページしか終わってないもの。

単語知らない知らない。忘れてる忘れてる。専門用語わからないわからない。

でも楽しい。知りたいから。何が書いてあるのか。

この本一度翻訳されて出版されたらしいんだけど、見つからないので、ニューヨークの古本屋にインターネットで注文した。

便利だ。

書かれたのが、1870年代だから相当古い。僕の注文したのは、クルックス博士の死後すぐに再発された1920年代のもの。

注文のプライスリストに、7、000と書いてあった。

単位がない。

これドルだった場合、70万円を超える。んなわけないよな、いくらなんでも。7000円でしょ、クリック!!!注文。

そこから、本が到着するまでの2ヶ月、正直言うとドキドキしてた。すんごく希少な本で、7000ドルっていうこともありうるな・・・と。

もしそうだった場合、玄関でクロネコヤマトのお兄さんに「はい、ヒグチ様、代引きで84万円になります。」とか言われんだろうか?

うちの嫁が聞き逃すわけがない。ブートキャンプで鍛え上げられた体から繰り出されるキックはきくぞ。言い訳はいっぱい思いつくけど、全然説得力がない。覚悟しなきゃ。

と、そんなこともなく、無事に手に入った。7千円。

で、受験の長文読解とどこが違うかって言うと、意訳し放題ってとこかな、とりあえず。クルックス博士の写真なんかで勝手にイメージを膨らませ、この人日本人だったらどんな言い回しの文章書くんだろかろうかとか想像しながら、好きに文章が作っていける。もちろん書いたのはクルックス博士だけど、なんか自分もその創作の一端を担っているような錯覚を覚える。

後は、やっぱり内容に興味があるって言うこと。これにつきる。

この本の山場は、フローレンス・クックという女性ミーディアム(霊媒)をクルックス博士が自宅に呼んで、信頼の於ける学者だけを出席者として選び、行った実験の細かい経緯が書かれているところ・・・らしい。

その自宅の実験室に、「ケーティ・キング」と名のる完全に物質化したスピリットが、再三現れる。

クルックス博士による、接触確認、写真の撮影、会話、英国外科学会会長のガリー博士による脈(!!)の測定、などが書かれている・・・・らしい。(写真に関しては、出版しないことを前提に撮影が許可されたこともあって、この本には掲載されていない。今は、出回ってしまっているけど。)

そこまでいくのに、何ヶ月掛かるのだろうか・・・・

でも、最初から訳したいんだよなやっぱり。

このクルックス博士、完全にスピリットの存在を確信した後、はばかることなく世間にそれを発表し、自ら院長を勤める王立学士院で、会見を開いた。

科学者がこんなことをすると、たいていはもう異端扱いだ。神秘主義に転んだ奴という扱いを受けるのが普通なんだろうけど、この博士のすごいところは、そんなことを堂々とやった後も、色んな科学学会の会長を務め、その功績をたたえられてナイトの称号を与えられるなどその科学者としての信頼に全く傷がつかなかったところ。

その時代科学による検証が色んな人によってかなり真剣になされたみたい。

なんで今は、そうでないのか。派手な現象も、下火になってる。それには訳があるんだけど、長くなるのでやめます。

不思議なことを、不思議だねえって言って何となく情緒にくるんで終わりみたいな本出すんだったら、こんなような、科学者による真剣な検証の本の翻訳物出して下さいよ。出版業界各位。

で、なんだっけ?そうだ。大分いくんだってことを言いたかったんです。明日は公開生です。カフェ銀次郎。

マーサのクイズももちろんあるよ。

今日の一曲
遠くで汽笛を聞きながら アリス


2007年07月28日(土) クワガタになりたくて
大分から帰って来ました。

空港について、先ず向かったのが「トキハ物流サービス」という所。ここで、従業員の皆さんの前で昼休みを借りてライブをやらせてもらった。

僕がデビューする前まで働いていたのが「佐川物流サービス」という所。繁忙期の慌ただしさがなつかしい。前掛けエプロンと段ボールの山に血が騒ぐ。

貴重なお昼休みをさいて大勢の方が来てくれました。どうもありがとうございました。元気になってもらえたでしょうか少しは。

カフェ銀次郎の「大人のためのポップス講座」は、公開生放送でした。平日だったにもかかわらず、満席御礼でした。ありがとう。楽しんでいただけたでしょうか?

マーサのクイズ。だんだんプレッシャーになって来たみたいで、ここから真価の問われる所であります。と、こんなことかくと増々プレッシャーだって。あくまで自然体で、さりげなくくだらなくいきましょうね。ゴッホ,ハクション,ジュルジュル。

場所柄、リハもお客さんにまるぎこえというか、境目がない。ならばいっそ、全部ライブにしちゃえっていうんで、放送始まる前と後全てをライブと捉えてやってみました。またこういう感じでやっちゃおう。

生放送の演奏って言うのは、独特の緊張感がある。テレビよりラジオの方が余計に。楽しめれば勝ち。押しつぶされれば負け。

その当落線上を揺れ動きながら進んでいく。危うい綱渡りだ。未熟者の僕にとっては。

直前に、石川さゆりさんの「朝花シングルヴァージョン」を流した後だったのがよかった。自分の解釈でこの曲を歌う上で、距離感を掴むいい物差しになってくれた気がします。

またなんかリクエストがあれば、事前にメールください。答えられるようにがんばります。

次の日の朝一で、クワガタになった。トキハのカブトムシクワガタ展の「ナイスキャッチ」中継に駆り出された。

何百匹もの甲虫に囲まれて、虫かごぶら下げて,最後にはクワガタに。

昔とったなんとかではないですが、僕自身はこんな恰好することに何の抵抗もない。バンド時代の定番でしたから。かぶりもの。

エルトンジョン見なさい。やるんだったらあそこまでやんなきゃ。you tube参照。

楽しかったです。

帰りに,秋に企画されている山寺ライブのお寺の下見に行った。両子寺と書いて「ふたごじ」と読む。

8世紀に建立された由緒あるお寺。山の斜面に逆らわず,自然と一体化するようにデザインされた,思っていたより立派なお寺。

ご住職のご好意でいろいろ見学させてもらった。

開祖の筆による「利他忘己」という書の文字。

シルバーバーチが「service」という言葉で繰り返し説く、「自分を忘れて他者に尽くしなさい」という言葉、イエスの「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい」という黄金律、

これは、すべての宗教の創始者の得たインスピレーションの根源であるはずで、あるべきで、いつか人間が進歩して、この言葉1つの元に世界中の宗教が融合したとき、体系化された教義や儀式など意味をなさなくなり、そこで初めてジョンの「Imagin there`s no religion」の本当の意味が理解されるんじゃないかと思うのは僕だけでしょうか?

と,山の中で考えました。

クワガタですけど。

今日の一曲
God John Lennon


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