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2007年04月02日(月) HONER
大分、旭川 ツアーから帰ってきました。

旭川では、高校時代の友達が、中学の教師をやっていて、空港まで送ってくれたりとか色々世話になりました。ありがとう。向井。

10年前、赴任してすぐの中学校で、「先生、水曜どうでしょうって知ってる?面白いよ。見てみ、」としつこく言われ、話題のネタに見たところ、いきなり、熊本の友達の樋口了一という名前が、聞き覚えのある声とともに最後に出てきた。遠い旭川の地で。

びっくりするよな。そりゃあ。

次の日、その生徒に何度言っても、信じてくれなかった。「またア、先生仲良くなろうと思ってそこまで話作って合わせないでもいいのに。」

信じないわな、そりゃあ。

本当ですよ。・・・もう遅いか。10年。

そんなご縁で、知り合ったチームナックス。

いってきました。「HONER」

産後間もない奥さんと、ドーナツ座布団持参で。

昔から知っている人たちの、スケールアップしていく様を見るのって、なんかしみじみうれしい。

「昔は、チケットノルマさばくのが大変で大変で。」っていってたシゲちゃん。

継続は力なり。

そのスケールアップが、自分たちのペースでいってるってなって感じるのが、楽屋。

何も変わらない。

「ああ、かかってるみたいですよ、これ。」とOKマーク。

セットがすごいねえってほめた返事が、人ごとみたい。屈託なし。

まだ見てない人のために、詳しくは触れません。

が、ナックス見る時の心得。

一人が、何役やるかわからない上に、時間軸は行ったり来たり。

そこらへんに、しっかりと頭を使ってついていけば、エンディングに感動的なシーンが待っている。一大叙事詩。

「一生懸命自分の人生に向き合って生きた人にとって、最後に訪れる死とは、大いなる解放者である。」昔の誰かがきっと言ってたような言葉。

おつかれさまでした。

植木等さん。

今日の一曲
スーダラ節








2007年04月09日(月) 時計台2
札幌行ってきます。

時計台ライブ2です。

今回、地元の弦カルテットの方々との共演もございます。

来る方、どうぞお楽しみに。

みんなでいつものように盛り上がろう。

5時起きだけど(泣)

今日の一曲
札幌 樋口了一

2007年04月14日(土) 明日
20070411223507.jpg 320×240 20K明日、第二十一回目7th floor定例ライブがあります。

春のリクエスト満載でお送り致します。

話が前後しますが、時計台ライブ来てくれた方々、どうもありがとう。

感想のメールもいただきました。全部読んでます。

今回もまた、カメラが多数入っておりました。

アンコールなくてさびしかったっていう、感想が多数ありました。

ごめんね。あそこ、9時完全撤収で、少しでも多くの曲を聴いてもらいたかったので、アンコールを挟まないああいう形にさせてもらいました。

今回の目玉は、なんと言っても、弦カルテットとの共演でした。

4人とも、すごくバンド慣れしてるっていうのか、柔軟っていうのか、譜面上だけでの関係よりも、一歩踏み込んでやれたなあという感じがしております。

もっと時間があれば、多くの曲で絡みたかったのですが、またやろうね。名前はちゃんと覚えてきますから(笑)。

前回もそうだったのですが、やっぱり地元なのか、「札幌」が、人気でした。

この曲、まだCDになっておりません。はやくせんといかんです。します。

というわけで、明日は久しぶりの日曜日ライブでございます。

ちょい早めに始まります。お楽しみに。

クイズ。この写真の人は、誰のお兄さんでしょう?

かんたん過ぎ。

今日の一曲
モーツァルト 交響曲28番 K.200

2007年04月16日(月) 無事終了
21回定例ライブ、無事終了致しました。

いつもながら、来ていただいた方どうもありがとうございました。

久しぶりに聴けたと喜んでくれた人が多かった、「春」。

もう駄目だといわれていた、事故にあった友達が奇跡的に生還したのと、自分の子供が生まれてくる時とが、重なり、命というものに対して初めてまじめに向き合った3年前の春に作った曲でした。

風3部作の、3作目となる「風一途」。村上春樹さんごめんなさい。

この曲、サビのメロディと、歌詞だけが一緒になってでてくるパターンの典型。

「言えばよかった」の時と一緒で、あとは、どういう事なのか曲に尋ねるしかない。

2年前に出てきて、2年間少しずつ尋ね続けた結果、ようやく全貌を現してくれた。そうかこんな曲だったのか。遺跡の発掘か、長いも掘りか。

「人生が二度あれば」井上陽水。

でも今は思う。1度でいいんだと。この生は。苦労に満ちた人生でも、はたから見れば悲しく思える人生でも、本人にとって「これでいい」と思えたならば。

そしてそんな風に生きた人の人生は、僕らの心に在りつづける。そのひとのように生きたいと思わせてくれるなにかがある。

そんな歌になりました。

「How?」。

これ新曲でっす。やりました。歌詞がジグソーパズルでしたけど。

神も愛も倫理も道徳も希望も嫉妬も憎しみも悲しみも自分自身の意識も全て、人間が社会というシステムを機能させて行くために作り上げた共同幻想だと考えていた、30代の頃の僕に向かって作った曲です。

今思えば、そんな事考えていたやつが、涼しい顔してラブソング歌ってたんだもんね。これって詐欺行為じゃねえ?

でも、当時は当時で、同じ幻想であるならば、自由に美しい幻想を描いてやろうとまじめに思ってたりもしたわけで。決してネガティブな捉え方はしていなかった。

そんな30の僕に向かって歌ってあげたくなった。聴いてくれるかどうかは別として。

前回お届けした「よろこびのうた」同様、同じフレーズ羅列系の曲です。

年取ったのかな?説教じみてきたのか?

そうだとしても、他人様を説教するほど確信を得てはいない。

自分に説教してんのかな?迷ったまんまで。

何言ってんのかわからなくなった。

わからないままをそのままお届け致します。

次回もよろしくお願いします。

前回の写真クイズの答え。やすけんの兄。わざわざ書くまでもないか。似過ぎ。
最新のマックについて色々教えてもらった。ありがとうございました。兄上。

今日の一曲
マザー  ジョン・レノン

2007年04月17日(火) ホバー
ホバークラフトと言えば、大分空港。

湾を直線コースで突っ切って行く最短の利器。

これ、海に出る前が面白い。S字型のコンクリートの滑走面(?)をのたうちながら右に左に横滑りしていく。初めて乗った時はけっこうあせった。ぶつかる?

4輪ドリフトする車に乗った事ないけど、こんなかんじかな?ちがうな。浮いてんだもんな。

まっすぐ前を向いて走るより地面の上ではこっちの方が、効率的なのだろうか?

まっすぐ走れないのだろうか?

明日じっくり観察してみよう。

初めて乗ったとき、波が高くて、やめた方がいいと言われたんだけど、最前列にマネージャーと座って、後悔した。

前は揺れるよ。

久しぶりのカフェ銀次郎公開録音です。大分の皆さん。新曲メインでお会い致しましょう。

よろしく。

今日の一曲
セイリング クリストファー・クロス

2007年04月18日(水) 雨大分
mb_0418130752.jpg 320×240 18K天才晴れ男リキリキ倉橋さんが出張で大分を離れたとたんこの雨だ。早く帰って来て。もうすぐ生が始まります。

2007年04月27日(金) めなげ
20070426171316.jpg 320×240 21K
と、うちの息子が言った。

頭に、僕のサングラスをかけている。

ああ、メガネの事か。と納得した。

しばらくして、「ねえ、おとうちゃん、ながはめ見たい。」と息子が言った。

ながはめ?・・・・長浜?らーめん? 見たいだから、えええとテレビに関係している事だと仮定して・・・! わかった。「なまはげ」だ。どうでしょう祭りだ。

どうばかはご存知の、最新DVD西表島の特典映像として収録されている、2年前に真駒内競技場で行われた、どうでしょう祭りのイメージキャラクターだ。

ここで、気がついた。

めがね→めなげ。なまはげ→ながはめ。ここには、法則性がある。

めがねの場合、入れ替わった音は、「が」と「ね」であると思われるが、それが「めねが」とならずに「めなげ」となっているところに注目して欲しい。

まず、濁点においてであるが、これは、「な」に濁点がつけられないことで、自動的に入れ替わったのか、そこにもある種の法則性があるのか、この2例では判断できない。

それぞれの音のうち、入れ替わったのは、[Ga]と[Ne]のGとN、すなわち子音部分だけで、それに続く母音[a]と[e]は、入れ替わらずにそのままである。

これは、「なまはげ」においても、「なげはま」とならずに、「ながはめ」となる事で、その法則性が維持されている事が伺える。

ここまでで、想像される事は、母音というものが、言語に於いてより根元的で、言葉のイメージのアウトラインを形成する土台の役割を果たしているという事だ。

口蓋の形に影響される事が少なく、のどの奥の方から発せられる事と関係があるのかもしれない。あーとかえーとか。

ここで問題にしたいのが子音。

うちの息子は、もちろんまだ50音を知らない。か行も、な行も言えない。

しかし、「が」が「げ」になり、「ね」が「な」になって、50音の子音の列を乱す事なく、きちんと対応関係を保っている。

「めなべ」でも、「めわれ」でもない。

言語学的に考えれば当たり前のことかもしれないが、50音の子音の行の分類というものは、それを体系的に習う前から、しっかりと身に付いているのだなあと、改めて、感じた。

今回の2例では、この法則性が、全ての音行に関して等しく維持されるのか、か行とま行及びな行に於いて顕著に見られるのかについては不明である。

と思っていたら、最近息子に「おみずまたり」と言われた。

話の前後のコンテキストから「みずたまり」であると思われた。

この「お」という接頭音の由来の謎は、我が家においては、簡単に解明できた。

息子は、大泉洋氏(タレント北海道出身)を呼ぶ時に「おおいずみ」と言えずに、「おおみず」と、短縮してしまうのである。話はそれるが、この短縮のプロセスに於いて、前述の入れ替わりの法則性は維持されてはいない。この場合、例の法則に則ったなら、「おおいむじ」となるからである。

これを、法則の存在そのものを否定する事例として採択すべきであろうか。

否、である。

このばあい、もともと5音であった、言葉が、4音に短縮されていると言う点に注目していただきたい。そして、省略された音は「い」「i」であると言う点にも。

この場合、「い」が省略されているところに落とし穴がある。一見すると、「おおいずみ」のうち、入れ替わったのは「み」と「ず」であるようにとらえてしまうところに、錯誤の原因がある。じつは、入れ替わったのは「み」と「ず」ではなく、「い」と「み」なのである。

この言葉を「い」を省略せずに発音したならば「おおみずい」となるのである。

いや、そもそも、省略されたと判断している私の方に、認識論的な早合点があるのかもしれない。

息子は、その拙い発声器官を駆使してしっかりと表現しているのかもしれない。

「おおみずい」と。

話がそれた。

毎日毎日どうでしょうのDVDを好んで見るあまり、うちの息子の「おおみず」と発音する頻度は高い。

この繰り返しによって、息子の言語野に「みず」という発音のまえに「お」をつけてしまうという発声学的な癖とでもいえるようなものが形成されたと推測される。

「たまり」が、「またり」と入れ替わった件に関しては、最初に述べた入れ替わり理論がそのまま適応される。このケースでは、「た」も「ま」も、母音は同じ[a]であることから、単純に2つの音が入れ替わったように見えるが、そこには、子音の行の序列を保とうとする無意識の制御感覚の検閲を経て発音された痕跡を認めるという演繹的発想が求められてしかるべきであろう。

以上、「みずたまり」が、「おみずまたり」と変化した事に関しましての私の理論的考察による論証を終わらせていただきます。

今回の理論に対する反論、質問は一切受け付けません。

何言ってるか自分でもわからないから。

さいごまでよんだひと、おつかめさら。

写真は息子の作品「宇宙的カオスにおける50音的めなげ空間の創出前夜」

今日の一曲
Fool クリス・レア



2007年04月29日(日) 交通安全はルールを守ってマナーよく
という交通標語を散歩の途中で見かけた。通り過ぎて5秒後にあれっ?と思った。

もう一度反芻してみる。うーーーん。

どっかおかしい。っていうか面白い予感がする。

交通安全の次に来てる「は」が原因か?これはぶいてみよう。

交通安全。ルールを守ってマナーよく

うん。これならいい。・・・・けど面白くない。

原文に立ち返って、この標語のもたらす意味について考える。

標語って、五七五形式が多いですよね。俳句川柳スタイルが。もともとが、そこはかとない情感や、言葉の背後に風刺を込めたりするための形式に、理念や理想を、しっかり現実に対応した言葉でもって表そうとして押し込めようとするところに無理があると言えばあるんだけど。

これが却って制作者の予想もしなかったファンタジーワールドへ僕らを連れて行ってくれることがある。

これ五七五を無視して、伝えたかった意味に忠実に書くと、

交通安全はルールを守ってマナーよくする事で達成されるものです。

とでもなるのでしょう。

交通安全はルールを守ってマナーよくしてこそ。

・・・・なんだかなあ。やっぱ「よく」で切りたかったんだろうなあ、作った人。

でもここで切っちゃうと、意味のベクトルが意図したものから微妙に乖離して行く。
 
交通安全はルールを守ってマナーよく

この「交通安全」という主語は、述語としての「ルールを守ってマナーよく」を、真っ正面からガップリ受けてしまってる。

交通安全という行為はルールを守ってマナーよくやりましょう。って。

ってことは、言外に、ルールを守らない、マナーのよくない交通安全行為の存在を示唆する事になってしまう。

散歩しながら、そんなイカした交通安全行為を想像してみた。

そこら中に、タバコの吸い殻をまき散らしながら、きっちり制限速度を守って走るカローラ。

ものすごい勢いでガン飛ばしながら、お先にどうぞ。

乗車拒否ばりばりのゴールド免許タクシー。

リッター500mのアメ車のアイドリングストップ。

完全に透明のすごく丈夫なシートベルト着用。

植毛したヘルメットかぶって走るノーヘルコンシャスライダー。

ボンデージファッション仕様の革シートベルト。

超ハイビームのトワイライト・オン。

学校の前なんかで一旦停止したら最後、全校生徒渡るまでてこでも動かない江戸っ子救急車。

「左に曲がるっつってんだろうが 左に曲がるっつってんだろうが 左に曲がるっつってんだろうが」ってアナウンスしながら左折していく宅急便車。

すれ違う人は、さぞ気持ち悪かったに違いない。こんな事を考えながら、にへらにへらと顔面筋を弛緩させながら家まで帰ってきたんだから。

これだからやめられない。標語ファンタジートリップ。

今、書きながら気がついた。ルールを守らないマナーの悪い交通安全があるのなら、反対に、ルールを守ったマナーのいい交通違反もあっていいんじゃないのか。

だめだ。これ以上考えると、戻って来れなくなる。練習しなきゃ。

よいこのみなさんで考えて下さいね。

P.S  
 前回の書き込みの僕の理論を裏づけるような息子の言葉がないか嫁に聞いたら、「とうもころし(とうもろこし)」「ポックポーン(ポップコーン)」など多数でてきた。よしよし。しかしただひとつだけ「ゆきだまる(ゆきだるま)」だけが、これに従わない。
「ゆきだむらっていいなさい。」と、強要するが、だめだ。ちきしょうめ。・・・はっ!!。人の行動や思想に理論を無理矢理当てはめ、従わせようとして、20世紀の共産主義は崩壊した。誰でもが、プチスターリンになる可能性を秘めているのだ・・・とかシリアスに締めてさっきまでのくだらなさが中和されると思うなよ。

今日の一曲
キャブ・ドライバー レニークラヴィッツ

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