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2006年12月02日(土) どこでしょう
mb_1202224545.jpg 320×240 16K下手な字には違いないが理由もある。

2006年12月04日(月) 答え
大阪、梅田タワーレコードの控え室でした。

天井に書いたので、字が下手なことのいいわけができます。

来てくれた方々、どうもありがとう。

今度は、ライブやりにきますけん、よろしくです。

今日の一曲
夢の旅人 ウイングス

2006年12月06日(水) もうすぐ札幌
この間の、DUOのライブのこととか、もっといえば竹楽のお祭りに参加した時のこととか、なんにも書いてないね。

遅ればせながら、後藤さん、お世話になりました。

残念ながら、2日目から雨模様で、大変だったと思います。ろうそくの火だからね。

でも、竹田出身の佐藤義美の詩をもとにした、影絵と、子供たちの歌をやっているスペースがあって、

「迷子の迷子の子猫ちゃん♪あなたのお家はどこですか♪」

と、半ば箱バンのように、しんみょうに腰掛けて歌う子供たちと、ユーモラスで、なんか物悲しい影絵の取り合わせが、ニューシネマパラダイスの世界へと、僕らをいざなってくれました。

次の日、佐藤義美記念館にいって、詩集と、絵本と、小学生のための、詩読本っていうのを買ってしまいました。

今少しずつ、読んでるんだけど、「小学生に、詩を作らせる時は、いたずらにセンチメンタルな感情を、煽るのではなくて、物事を、よく見、よく考え、自分だけの視点という物を培うように行うべきである、」という主旨の文章に出会った。

賛成。

っていうか、大人も然り。

気をつけよ。

今日の一曲
ぼくはくま 宇多田ヒカル

2006年12月10日(日) 札幌です
mb_1210021822.jpg 320×240 27K昨日から、札幌来てます。昨日は、HTBの生に出て、大泉、安田のゴルゴルゴという、FMの生にでてきました。あんな番組、日本にない。安田くんの身体の構造を、医学的にしらべたほうがいい。奇跡の消化器系。それを全面に押し出した、番組でした。どう絡めっちゅうねん。夜は、第2回嬉野樋口A型時事放談。新作の編集で昼夜の逆転しているうれしぃさんと、語り合ってきました。明日はパセオでインストアです。札幌のひと集まれええええ。 今日の一曲 札幌 樋口了一

2006年12月12日(火) いっちにいっちに
とジョギングの日に、制定したくなるよな、12月12日。

札幌から帰って参りました。

インストアイベントに来てくれた方々から、メールをいただきました。

ライブを実現します。札幌で。

って、またすぐ、大通りカウントダウンで、戻ってきますけれども。

寒いですよさむいですよサムイですよとみんなに言われた。わかりきったことを、地元の人があれだけ力を込めて言うのだから、

異次元のものなのでしょうな。

「あしのうらが、がまんできないんですよ。」

と、えたいのしれないこという人いた。

手は? ギター弾くつもりでいるんですけど。

いいや。聞いてどうなるものでもあるまい。

秋の、真駒内の、寒さにしびれていたことを、幸せだったなあと、振り返るような体験を求めます。

明日は、レコーディングです。

今日の一曲
ヘコイダーマンのテーマ 歌い手知らず

2006年12月17日(日) てら
というのは、TOSHIBAEMIが誇る、スタジオのことです。

今日。正確に言うと、昨日、ベスト発売企画、スタジオテラミニライブが執り行なわれました。

あんなことやったのって、多分あのスタジオ始まって以来じゃないかと思います。

普段はひっそりと静まり返ったスタジオに、50人ぐらいの人人人。ぎっしり。

抽選に当たった、北は札幌から、南は松山までの、お客様。

せまかったでしょう。お尻がいたかったでしょう。床に体育座りで。

僕らも、あんなに近い距離で、しかも、全く響かない箱で、手の内丸見えな感じでやったので、まるで、誰かの家で、歌歌ってるような気がしてきました、途中から。

そして、どうでしょうの面々が、訪れた、Bスタに移動。

昔はなかったドアから、コンソールルームという、機械がいっぱい置いてある部屋の片隅の、大泉くんが、さんざんはしゃいで帰っていった、ヴォーカルブースで、ヘッドホンかぶって、記念撮影。

テラが、すっかり観光名所化しておりました。

皆さん割と落ち着いた感じで、「へえ、思ったよりせまいなあ」とか、それぞれ感想など述べながら、パシャッ。とポラロイド。

私は私で、すごく繁盛している内科の医者になったような気分でございました。
「はい、次の方どうぞ。」

僕にとっても、あのスタジオは、デビューまでの2年間を含めて、ほとんどのTOSHIBA時代の曲を録ったところでもあり、様々な思いがしみ込んでいる場所でもあります。そういえば、2002のジャケットの、僕の走っているようなポーズの写真も、ここのビルの屋上で撮ったんだった。

その場所で、ライブをやろうとは、思ってもいませんでした。

もう、これで僕も、しばらく来ることは、ないのかもしれません。

みなさんありがとうございました。あの時間を共有できてうれしかったです。

今日の一曲
Road of the Sun

2006年12月20日(水) 名古屋のおかあさん
17、18日と、名古屋、浜松キャンペーン敢行でございました。

日曜日は、12時からという割と早い目のインストアスタートでした。

リハが終わって、いつものようにステージに上ったら、すぐに目に飛び込んできた、

おかあさん。

集まってくれたお客さんの中で、ひときわ存在感を示す、

おかあさん。

この、オーラを、息子も受け継いでいるのでしょう。

いや、本番前にRickyさんと、終わったら店の方に顔出そうと話していたんですよ、

おかあさん。

いや、実際回りのお客さんがどれだけ気づいているのかわからなくて、ステージの上から話しかけて、騒ぎになったりしたらどうしようかとも思っていたら、

杞憂でした。

みんな知ってる。

その事実をわかった上で見ると、なんか、若い衆に囲まれた、ゴッドマザーみたいにも見えてくる。

そのお母さんを中心に据えたお客さんのノリは、他では見られないテンションで、
帝の御旗を掲げた、官軍の突撃のようでした。

栗きんとんありがとうございました。おいしかったです。

藤村おかあさん。

今日は、仙台インストアです。今年最後のインストアライブです。来てぬぇ。

今日の一曲
冷凍みかん GPI(だっけ?)









2006年12月27日(水) 今年
20061222220501.jpg 320×240 22K一年も、終わろうとしております。

大分から帰ってきたばかりでございます。

そうそう。11月の、渋谷DUOにてのライブ、全く振り返っていないのですよ。

これに関しては、この間のテラのイベントの時に、「なんでだ!?」とおしかりのご意見もあったので、書きます。へへへへ。

楽しかったことは、言うまでもない。東京での、バンドスタイルでの久しぶりのライブだったこともあって、はじけました。

いつもね、1人、および山根くんと二人でさ、グルーウ゛と和音と、音色を自らの手で自家発電しながらのライブでございまして、それはそれでいいんですけど、大リーグボール養成ギブスじゃないですけどね、その負担から解放されるわけですよね、リズム隊がいて、しっかり支えてくれるとね。

「え?こんなに楽でいいの?」ってね。

ナノで、その分、余裕ってやつが生まれましてね。

油断大敵。

1/6のに番の歌詞のサビが飛んだ。

そして、あろうことか、TVKの、どうでしょうのCMのスポットに、その飛んだところが、使われた。

やられた。僕は見ていませんがね。

椅子が邪魔だったって言う人もいたので、次は、踊り狂ってもらうか。スタンディングで。

きてくれた方々、遅ればせながらありがとう。またやります。こんなかんじで。

写真は、大分の天才晴れ男リキリキ倉橋さん

今日の一曲
巨人の星

2006年12月29日(金) 2006
s-DSCF0957.jpg 640×480 102K
は、皆さんにとってどんな年でしたでしょうか?

私は、色んなことがありました。

色んなことを知りました。

このあいだ、ベックさんの五十日祭というのが、行われまして、僕は、大阪にいて行けなかったのですが、きれいなクリスタル・ルーペをいただきました。
直径8センチぐらいの半球状のルーペで、中をのぞくと、「風」という文字が、秀次郎のsyuという字とともに、♪と戯れている手書きのイラストが、はじの方に印されていると言う、おしゃれな仕上がりになっておりまして、それに添付されている紙に、風の呼び声の、「いま君にもう一度会えたなら何を話そう」「飾らないありがとう君に伝えよう」「あの頃とこれから君と育ててゆこう」という歌詞の一部が印刷してありました。

大切にさせていただきます。ありがとうございました。

ベックさんが逝かれてから、2度目の大分でしたが、みんなすこしづつすこしづつ
ほんとに薄皮を重ねて行くようにして、ベックさんが、目の前にいないという事実に慣れようとしているのがわかります。

僕なんかは、一年に何度かしかベックさんに会わなかったわけで、日常生活の中で、喪失感を切実に感じるという瞬間はそう多くないのですが、

やっぱり、常に身近にいたひとたちはそうはいきません。

でも、やっぱり変わらなければいけない。すこしづつ。

誰よりも、ベックさんが一番そう思っているはずだと。

思います。

なぜだ?といわれると、そうだから。と答えるしかないのですが。前も書いたように、今年僕は、肉体からはなれた後の生命、個性、その他全ての、本人の属性の忠実なる存続を、完全に受け入れてしまいました。

スピリチュアリズム? うーん。ひぐちの音楽をAORと呼びたきゃ呼びなっていうかんじですが。

ま、ラベルの話はおいといて。

まわるよまわる地球はまわる。とも歌われておりますこの地球。名前に球が付くくらいだから、それは皆さん僕らの住んでるこの星が、丸くて回ってるってことはもうみんな知ってる。

僕も知ってる。でも、見たことはない。自分の目で。宇宙飛行士さんはある。テレビの映像で見た。学校で習った。人工衛星が回りを飛んでいる。日食が証拠だ。水平線が曲線だ。カーナビ便利じゃん。

その他、地球が回ってるってことを証明する様々な証拠が、科学がもたらした恩恵とともに僕らの世界に満ちている。

でも、僕は直接見たことはない。まわる地球を。

直接見たことがない事実を、なぜ僕は当たり前のように信じていられるのだろうか。

それは、紀元前からの天文学者や哲学者の、情熱をこめた観測にもとづく、知識の集積と、新しい世界観の確立という命がけの行為があったからですよ。

何人もの人々が迫害によって命を落とし、でも、時は流れて事実が事実として受け入れられる時代がやってきて、地球は丸くて回ってて、もっと言えば太陽のまわりをグルーンと大きく回っていてなんてことを、国家レベルで認めたおかげで、その事実が教科書に載り、僕らは学校で教わることができたわけです。よかったよかった。

でも、相変わらず見たことはない。この目で。根拠は?と問われると、そんなの常識だから、僕は見たことないけど、他に見たって人いっぱいいて、そのおかげで、生活がすごく便利になったし、歌なんかでも歌ってるし・・・と、答えるしかない。あまりにも当たり前で、そんなこと聞くやつがどうかしてると思うかもしれない。

でね、僕は、死して後の生命の存続を、この地球が丸くて回ってるという事実とおんなじレベルで、ごく普通の常識として受け入れてしまったんですよ。

はいはいはい。わかったわかった。ちょっと待った。突っ込み待った。

12年前、もともと僕は、割と冷たい唯物不可知論者で、岸田秀の唯幻論と、養老孟司の唯脳論がバイブルの、「そんなものあるわけないじゃん」君でした。

今年、インターネットで、「心の道場」というサイトを見つけ、怪しげだなあ(ごめんなさい)と思いつつも入っていって、そこで紹介されていた、シルバー・バーチの霊訓という本に出会ったのです。

その本には、モーリスバーバネルという、イギリスのやっぱり「そんなものあるわけないじゃん」君の若者に、ある日突然憑衣(この言葉もなあ・・)して、1920年代から、60年間に渡ってほぼ週一回のペースで語られた、シルバー・バーチと便宜上名乗っているスピリットからのメッセージが12巻に渡って書かれていました。

今まで、そんなものに見向きもしなかった僕が、12巻全部買っちゃうぐらいにその本にひかれた理由はなんなんでしょう。

否定派肯定派という、対立軸で、テレビなんかでおもしろ可笑しく議論されてるこういった問題。たいていが、肯定派が否定派に科学的視点というカナヅチでボコボコにされて笑い者になって終わる。

僕も、そう言ったオカルト的なたたずまいに対するつっこみが、大学ノート一冊分ぐらいあった。昔、鹿児島の雑誌で連載してた時に、書いたこともある。

乱暴に要約すると、霊魂だとか、化けてでるだとか、そう言った行為が、人間という高等な精神活動を有した種に限るって言う考えが、どうしても許せなかった。せいぜいが狐とか、猫とか人間が投影し、擬人化できそうなほ乳類ぐらいまでがその主たる対象で、ミドリムシとかさ、ミジンコとかさ、バクテリアが化けて出たとか、そんなこというやつあいねえのかあああ。

って、思ってたんです。全てが、人間中心の、独善的な中華思想に思えて仕方がなかった。

そのせいもあって、僕はずっと、超常的なものを扱った全てのものを、ジュッパヒトカラゲにして、遠ざけていたのでした。

実は、基本的な考えは今も変わっていません。人間だけ特別扱いのそんな半端なオカルトものには、いまだに拒否反応があります。

で、シルバーバーチに戻りますが、この本を読んだとき、今まで僕が抱いてきたそんな世界へのとんがった考えが、ゆっくりと包み込まれていくのを感じました。それまでの自分の考えを改めさせられたというんじゃなくて、その考えごと、包み込まれたというのが一番適切です。

息子が、若さを武器にさんざん親父を攻撃して非難して、ひどい言葉で罵倒して、言葉も尽きたところに、「終わりかい?じゃあ、飯でも食いにいくか。」と、やさしくいわれたような、そんなかんじ。

僕が言葉を尽くしてこの本に書かれている内容を、説明したとしても、しょせんは劣化コピー(c岐部)の、伝言ゲームでしかなく、幾多の宗教のたどった道を繰り返すことでしかないので、言いませんが、気がついたら、ひと月で、12巻を読み終えていました。

昔から、極端から極端へベクトルの振れやすい性格だったこともあって、そこから、暴力的な知識欲が押さえきれず、それに関連した、19世紀から、現代まで残っている様々な本を、読み散らかしました。

それらの本に書かれていた様々な現象や、事実を、読んで、僕はどう思ったか?

そこには、ガリレオガリレイやジョルダーノブルーノやコペルニクスやケプラーやアインシュタインやスティーブンホーキングと同じ種族の人たちの情熱が描かれていました。

それぞれが、自分の宗教的立場や、財産や、社会的な肩書きをなげうって、迷信のはびこった地上に、真実の新しいメッセージを届けようと命をかけていました。

信じる以前に、僕はその人たちの気迫に圧倒されてしまいました。

前述のモーリスバーバネルも、心臓発作で倒れたあとも、入院を拒否して、死の直前まで交霊会を行っていました。

ヘレン・ダンカンというイギリス人の女性霊媒は、数百年ぶりにイギリスで、魔女取締法が適応され、交霊中に警察に踏み込まれ、強い光を当てられたことが原因で、危篤状態となり、死亡しました。危篤状態のヘレンを見て、警官が付き添いの医者に言った言葉は「すぐに膣と肛門を調べて欲しい。仕掛けの布を隠しているはずだから。」20世紀の話です。

モーリスバーバネルはみずからの著書で、書いています。「疑って疑って、疑い尽くせば、ほとんど全ては偽物として消えてゆく。それらを真摯な態度で排除して、そのきびしい検証に耐えたものだけを事実と認定すべきである。」

ある人は、自ら望んで、またある人は、否応無しに選択の余地もなく、死後存続の決定的な事実を見せつけられ、聞かされ、自分の宗教観との対立に悩み苦しみながら、残したメッセージが、この21世紀の東京の、なまけものの、否定論者の僕の心にまで届きました。

信じるっていうことは、創造するっていうこととほぼ同義語だと僕は思っています。事実や証拠の羅列だけでは、どこまでいっても、信じるという姿勢にはたどり着かないと思うんです。

だから、僕らが何かを信じるとき、そこには何かを生み出すのと同じだけのエネルギーが必要なんだとも思います。

地球が丸くて動いてるってわかったとき、彼ら天文学者たちの信念は、新しい世界像を創造したんです。誰も知らないところで。

そしてそれが、現代の僕らの、常識的な世界観になりました。

それと、なんにも違わないことだと思うんですよ。僕らが霊をたずさえた肉体ではなくて、こうしている今も、肉体をたずさえた霊だってこともね。いずれ常識になるんじゃないかと。早めにきて欲しいですけどね。そんな時代が。

ああ、つかれた。まあ、誰かを説得するために書いたわけではございませんから。ホームページで壷買ってくれとかいいませんから。ご安心を。

ただ、今年自分の中に巻き起こった変化を、忘れないうちに書いておこうと思っただけでね。いや、でも言葉は無力だね。全然だ。

そして、僕の中で、こんなことが巻き起こって、その直後にベックさんのことがあったわけです。

導かれているのかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。

ただ、もしこのような変化がなかったとしたら、あの大分の数日間、僕はきっと歌などとてもじゃないけど歌えなかっただろうとは思います。

このあいだ、いよや(大分のたまり場飲み屋さん)で、ライブのビデオを見たんだけど、そりゃあもう、やつれて、へろへろなんですもの、顔が。

でも、僕はあの時、ベックさんが聴いてくれてるという、確信がはっきりとあったですよ。もちろん見えませんよ。聞こえませんよ。僕には。

でも確かにそこには、信じるっていうエネルギーを携えた僕がいたと思いますよ。

それだけでいいな。ともおもいます。

で、この気持ちをね、ベックさんのご家族とかね、近しかった人に、伝えたくてしょうがないんですよ僕は。でもね、伝える術をもたないんです。

今は、それが一番もどかしいんです。

これらの霊言集は、さっき書いた心の道場のページにも紹介してありますし、潮文社のライブラリーにも多く截ってると思います。

今年僕が読んだ数十冊の本を通じて、数世紀にまたがって、スピリットが伝えたかった、そして今も伝え続けているであろう、メッセージは、たったひとつだけです。

とあるバンドが、自分たちの曲のタイトルにしているので・・・

よいお年を。

今日の一曲
愛こそはすべて 

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