2010年08月14日(土)
歸國
続き物の途中ですが、TBSドラマの「歸國」で、手紙を使っていただいたので、その話をしたいと思います。
倉本聰氏の作品は、「歌」が、本当に効果的に使われる。
BGMとしてではなく、歌詞が脚本の一部のように、メッセージとして使われる事が多い。
現代の東京に、戦争で没した、兵士たちが訪れるというテーマ。
大沢攸里さんが、僕の実名で、曲を紹介してくれた。
手紙を、いち早く気に入ってくれて、自分の番組で自ら朗読までしてくれた大沢さんに劇中で紹介していただいたのも、ある巡り合わせなんだろう。
死者は、死者ではない。
この日記でも、形を変え品を変え、書いているテーマ。
これが、もっとも端的に、直截的に結実したのが「手紙」だ。
受け取る人によって、感じ方は様々だと思うけど、それでもちろんいいんだけど、
僕の中には、常に揺るぎなく、人間の命の本質である「霊」が、テーマになっている。
未だ軍服を身にまとい、戦死した時の思いをそのまま引きずっている「英霊」が、自分の愛する人が生き続ける場所を訪れ、万感の思いで、見つめるシーンでこの曲が流れる。
「年老いた私がある日今までの私と違っていたとしても・・・」
年を取る事すらできないままにこの世を去った霊の悲しみに、この歌詞が重なる。そして、目の前の愛するひとは、年を重ね、自分の姿とはかけ離れた年格好となってしまっている。
シーンと歌詞の間の微妙な乖離が、想像だにしなかった化学反応をもたらす。
順調に年を重ね、肉体が衰え、このようなメッセージを、次の世代に残せる「幸せ」。
悲しい事ではないんだ、という歌詞が、いつもと違った響きかたで胸に迫って来た。
シルバー・バーチという霊は、1920年代から、霊媒のモーリス・バーバネルが他界する1980年の60年の永きにわたって霊言を伝え続けた。
第二次大戦中、世界中が、戦争の混乱状態にある時も、空襲の続くロンドンで、交霊会は続けられた。
人々の発する、憎しみ、悲しみ、恐怖、などのネガティブな想念に、通信が不可能になる寸前でのギリギリの作業だったそうだ。
戦争で、若くして肉体を離れる事を余儀なくされた霊が、霊的な真実を全く知らないままに大挙してこちらの世界に送られて来て、大変な混乱を招いているという内容の通信が、幾度となく送られて来た。
このドラマで、描かれていた英霊たちもその中の一部だったんだろう。
中には、この英霊たちのように、肉体を離れた時の無念さや、激情にとらわれたまま、新しい世界へ移行する事なく、地上に縛られ、長い間、戦いをやめようとしないもの、悲しみに、胸をふたぎ続けるものも少なからずいるのだと。
僕は、個人的に小栗旬さんと、八千草薫さんの、再会のシーンが胸に刺さった。
戦死したチェロ弾きの恋人が、すぐ傍らに来ている事に気付き、昔のようにピアノの前に座って「あなたは、そこにきているんでしょう?」と話しかける。
そうして、2人の対話が始まる。
「私も早くあなたのいる世界に行きたい、連れて行って欲しい。」と懇願する恋人に、軍服を着た霊はいう。
「私のいる場所は、天国でも地獄でもない、戦って死んだうかばれない仲間がせまく固まってさまよう世界だ、君をそんな場所に連れて行く事はできない」
そして、肉体の命が尽きる瞬間までこの世でしっかりと生きるようにと励ます。
僕たちは、常に、他界した近しい人や、常に自分を見守ってくれている霊たちから、こんな励ましを受けているのだ。1人の例外もなく。
だから、生きなくてはならない。神が、肉体という牢獄から離れる事を許すときまで。
そして、さまよう英霊たちは、永遠にさまよっているわけではない。
自分たちを縛り付けている想念から解放されるときが必ずやってくる。
その時初めて、自分のまわりに、様々な霊が救出にやって来てくれている事に気がつくのだ。
それは、かつて地上で愛し合った人であるかもしれない。肉親であるかもしれない。互いにがんばって来た仲間なのかもしれない。
霊の世界に、永遠の停滞はあり得ない。
前述のチェロ弾きの兵士も、いつか恋人が肉体から解放された時、その愛によってさまよいの世界から解放される。
愛に勝るものはない。と、すべての霊は言う。
僕もそう思う。
いつでも、結論は同じだ。
戦争の悲惨さを伝える時に、同時にそこにあった、そして悲惨さの試練に耐えた愛についても同じだけ伝えていければなと思う。
その愛が、目に見えるもの全てが滅びた後でさえも続いて行くと信じられるなら。
悲しい事ではないんだ。
と、胸をはって言える。
今日の一曲
手紙〜親愛なる子供たちへ〜